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KILLING ME SOFTLY【小説】67_なんだかんだで側にいてくれる

宿泊先は物懐かしさを感じさせる寂しげな裏通りに面した温泉ホテルだった。
千暁は張り切ってフロントへ向かい、陽が陰る昔ながらのロビーラウンジに私を待たせる。
実に風情があり、心ときめく。


館内の大浴場と露天風呂も魅力的だが、最も大事な部屋はというと畳が敷かれた充分に寛げるような和室で、悠久の年月を経た雰囲気が漂い、広縁のカーテンを開けばノスタルジックな町並みが現れた。予てより、私が憧れを抱いていた形そのものだ。


「いかがですか?」
「もう最高!あのね、私、旅番組とかドラマでこういうとこ見る度にいつか行きたいな、って。アキくんも同じ?」
荷物そっちのけではしゃぎ回り、寝転がる私に彼は温かい眼差しを向ける。
「んー、俺はなるべく他の男が選ばなさそうな場所に決めただけ。因みにしっかり2食付きだよ。今夜夕飯済ませてからはイルミネーション見に行って、ここに戻ってきたらあっつい風呂入んの。どう?」


「完璧じゃん!ありがと!」
結局、今回の計画は殆ど千暁が立て、サプライズとしてこちらには事前に知らされていなかった。恋人との〈泊まり掛けの旅行〉自体は相手を変え幾度も経験したが彼の推測は当たり、私はまたも大量に写真を撮影する。


一呼吸置いて、千暁が話し始めた。
「ごめん、テンション上げといて下げる。内風呂なくてさ。莉里さん、大浴場イケるかな?」
「平気だよ、温泉楽しみ!どうせ裸眼だと視界ぼやけるし。」
「まあ俺も似たようなもんだけど、それ心配だわ。」


テレビを点け、のんびりしているとやがて彼は眠りに落ちる。
〈運転お疲れさま〉〈ありがとう〉の気持ちを込めて、風邪を引かぬよう、睡眠を妨げずに、そっと2人分の上着を千暁の体に掛けた。


子供と大人の間を彷徨う寝顔に癒される。
彼が昼前、私を起こさなかった理由と恐らく同様だろう。



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