安藤小織

[あんどう こおり]と読みます◎ 100日後に短編小説集を Kindle出版する予定で…

安藤小織

[あんどう こおり]と読みます◎ 100日後に短編小説集を Kindle出版する予定です🌷 noteでは、Instagramに掲載したものを思い出したときにまとめて投稿しています。

記事一覧

短編「帰途」

 旅行の最終日だろう人々から醸し出される独特の空気を、今わたしも纏っているのだろうか。楽しかった充足感と、それに比例したようにずっしりと重い、引きずるようにして…

安藤小織
2週間前
1

短編「生まれ変わったらネコ」

「ねえ、もし生まれ変わるなら何になりたい?」  暑さの残る九月の風呂上り。恋人はいつもくだらない質問をしてくる。 「ほら、あるじゃん、そういうの」 「ん~じゃあ亜…

安藤小織
2週間前
2

短編「最悪な日とお年寄り」

「あら、お久しぶりです。今回はおめでとうございました。ほんとうにもう、毎回優勝、すごいですねえ」 「いやいや、もうこれで最後と思って気楽にやったら毎回ね」 「いや…

安藤小織
2週間前
2

短編「夏の夜のファミレス」

「結局リサはさ、ほんとのこと、一回も言ってないよね」  冷房の効いた夏の夜のファミレスで、セフレに告げられる言葉としては重い方だと思う。冷静を保とうと、頭の中で…

安藤小織
3週間前
1

短編「東京フルーツパーラー日記」

 千疋屋でパフェを食べるときは、ジンジャエールと決めている。 二〇二四年七月十六日 ご無沙汰しております。今回の東京出張はなんと三か月ぶり。それに伴い、こちらの…

安藤小織
3週間前
1

短編「旅の途中」

 無音に耐えられなくなった、と思う。  イヤフォン(それもコードレスの) を持ち歩くのがあたりまえになってから。カフェで一人ソイラテを飲むときも、家と仕事の往復の…

安藤小織
1か月前
3

短編「雨と桃」

 突然、地面を打ち付ける激しい雨音がして、目の前の桃から意識が逸れる。どのくらい降っているのだろう。降水確率は四十%だったけれど。 立ち上がって窓にかけ寄り、レ…

安藤小織
2か月前
5

詩「たぶん、生きるということ」

 例えば、わたしたちは目的地に着く前に、もうすでに疲れている。疲れ切っている。  例えば、本当に食べたいお菓子ではなく、「ストレスを低減する」とパッケージに大き…

安藤小織
2か月前
8

短編「眠れない夜」

 窓の外に広がる田んぼで声をそろえて鳴く蛙の声が、頭まで布団をかぶっても聞こえてくる。 暑い。 柚樹は枕元に置いてあるリモコンに手を伸ばし、うっすら発光している除…

安藤小織
2か月前
3

短編「きっと、さようなら〜another side〜」

 毎週水曜日、がらんとしたフードコートに一人の若い女の子が座っている。いつも同じ時間に来て、二種類のドーナツとアイスコーヒーを買い(ドーナツはいつもオールドファ…

安藤小織
2か月前
3

短編「きっと、さよなら」

 平日、午前中のフードコートは広い。老人四、五人のグループが、点々とテーブルを占拠しているだけだ。里帆は微かに身震いする。わたしは、とんでもない田舎に引っ越して…

安藤小織
2か月前
4

短編「くだらないこと」

 ちょっとだけ声聞かせてとか、おやすみだけ言わせてとか そういうことができない人間 is わたし  一時間ほどの通話時間が書かれたLINE電話のスクリーンショットに文字…

安藤小織
2か月前
2

短編「人生の1ページ 」

 泣き疲れたのか、いつの間にかソファで眠っていたらしい。ビニールのこすれるような音がかすかに聞こえて目を開けると、夫がエコバッグから出した総菜を食卓に並べている…

安藤小織
4か月前
1

短編「雨のちくもり」

 三時間かけて小説を読み終わり、顔を上げる。右目の大きなものもらいが存在を主張するように瞼の動きを妨げ、目の位置がひどく下にあるように感じる。小説に引っ張られた…

安藤小織
4か月前
12

短編「『夢見る大人』のすすめ」

 「将来の夢は?」と聞かれると、最近は「魔女になること」と答えている。若い頃と違い、正直、四十歳を超えた人間に向かって「将来の夢は何か」などと聞く人はほとんどい…

安藤小織
4か月前
5

短編「卒業旅行計画」

 旅行が苦手だ。旅行が、というよりは他人と共にどこかへ行き、昼夜問わず一緒に行動するということが苦手だ。大嫌いだと言い換えてもいい。目の前で盛り上がる友人たちか…

安藤小織
5か月前
1
短編「帰途」

短編「帰途」

 旅行の最終日だろう人々から醸し出される独特の空気を、今わたしも纏っているのだろうか。楽しかった充足感と、それに比例したようにずっしりと重い、引きずるようにして持つ荷物。家に着くまでにこれから乗らなければならない乗り物の多さを考えながら、空港に行くために二つ乗り継いだ電車に揺られながら。
 空港に向かう旅行者の大きくカラフルなスーツケースと、一様に黒いスーツに包まれた夕方の帰宅ラッシュのサラリーマ

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短編「生まれ変わったらネコ」

短編「生まれ変わったらネコ」

「ねえ、もし生まれ変わるなら何になりたい?」
 暑さの残る九月の風呂上り。恋人はいつもくだらない質問をしてくる。
「ほら、あるじゃん、そういうの」
「ん~じゃあ亜樹は?」
 どういうのだよ、とはつっこまずに、ひとまず時間を稼ぐ。
「ん~俺はね、ネコかな。安達さんに飼われてるネコ。ずっとくっついてずっと頭撫でてほしい」
「ネコ……」
「えっ、重い?愛が重い?」
「や、そういうことじゃなくて」
「なく

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短編「最悪な日とお年寄り」

短編「最悪な日とお年寄り」

「あら、お久しぶりです。今回はおめでとうございました。ほんとうにもう、毎回優勝、すごいですねえ」
「いやいや、もうこれで最後と思って気楽にやったら毎回ね」
「いや、それがええんですわ」
「いやあ、もう……」
 大きな総合病院だ。待合室の広く高い天井に、おじいさん二人の声が響く。
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 昨日、6限の体育の時間に足を挫いた。男女混合のバレーというだけでも最悪だったのに、みんなの前で突然こけたのはもっと

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短編「夏の夜のファミレス」

短編「夏の夜のファミレス」

「結局リサはさ、ほんとのこと、一回も言ってないよね」
 冷房の効いた夏の夜のファミレスで、セフレに告げられる言葉としては重い方だと思う。冷静を保とうと、頭の中でそんなことをぼんやり考える。
「ほんとはオレのことどう思ってるの?やっぱり、ただのセフレ?」
 そんなこと言われても……とか、よくわかんないけど……とかそういう言葉が浮かび、笑って誤魔化す。
「そっか」
 何も答えないうちにそう言われてそっ

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短編「東京フルーツパーラー日記」

短編「東京フルーツパーラー日記」

 千疋屋でパフェを食べるときは、ジンジャエールと決めている。

二〇二四年七月十六日
ご無沙汰しております。今回の東京出張はなんと三か月ぶり。それに伴い、こちらのブログ更新も三か月ぶりとなってしまったこと、ご容赦ください。
 そういうわけで、今回は三か月分のパフェを堪能しようと東京は日本橋、千疋屋総本店に行って参りました。

 グラスに注がれたジンジャエールを一口、口に含んだ後で、千疋屋スペシャル

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短編「旅の途中」

短編「旅の途中」

 無音に耐えられなくなった、と思う。

 イヤフォン(それもコードレスの) を持ち歩くのがあたりまえになってから。カフェで一人ソイラテを飲むときも、家と仕事の往復のために乗る、片道二駅分の電車と四つの停留所分だけ乗るバスの上でも。

 何かしていなきゃ、という出ところのわからない焦りに追い立てられて、とにかく何か意味のあることを、と、何もかもが入ったカバンの中に手を差し入れかき回してイヤフォンを見

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短編「雨と桃」

短編「雨と桃」

 突然、地面を打ち付ける激しい雨音がして、目の前の桃から意識が逸れる。どのくらい降っているのだろう。降水確率は四十%だったけれど。
立ち上がって窓にかけ寄り、レースカーテンを両手で開けると、降りしきる雨で辺り一面、靄がかかったようになっている。こういうのを、「バケツをひっくり返したような雨」というんだろう。あかりは思わず窓を全開にする。こういう時、マンションじゃなくて一軒家にしておいてよかったと思

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詩「たぶん、生きるということ」

詩「たぶん、生きるということ」

 例えば、わたしたちは目的地に着く前に、もうすでに疲れている。疲れ切っている。

 例えば、本当に食べたいお菓子ではなく、「ストレスを低減する」とパッケージに大きく書かれたチョコレートを選ぶ。たまに、それは「睡眠の質を高める」や「疲労感軽減」という文字に変わる。どれも似たり寄ったり。

 例えば、一冊の本を読み切ることよりも、一時間長い睡眠の優先。

 例えば、地球環境を思いやりながら紙ストローで

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短編「眠れない夜」

短編「眠れない夜」

 窓の外に広がる田んぼで声をそろえて鳴く蛙の声が、頭まで布団をかぶっても聞こえてくる。
暑い。
柚樹は枕元に置いてあるリモコンに手を伸ばし、うっすら発光している除湿のボタンを押す。まだ六月なのでエアコンは冷房ではなく除湿を使うようにしているが、そろそろ布団を夏用にしなければいけないようだ。横で眠る夫の足先に自分のそれをくっつける。男性には珍しく年中冷え性の夫は人間冷えピタのようなもので、夏場は彼の

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短編「きっと、さようなら〜another side〜」

短編「きっと、さようなら〜another side〜」

 毎週水曜日、がらんとしたフードコートに一人の若い女の子が座っている。いつも同じ時間に来て、二種類のドーナツとアイスコーヒーを買い(ドーナツはいつもオールドファッションとエンゼルクリームだ)、いつも同じ席に座る。おしぼりで手を拭き、ドーナツ(オールドファッションのほう)を一口食べて目を閉じた後、再度おしぼりで手を拭き、パソコンをカバンから取り出して開く。一連の流れがほっそりした指で静かに行われ、そ

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短編「きっと、さよなら」

短編「きっと、さよなら」

 平日、午前中のフードコートは広い。老人四、五人のグループが、点々とテーブルを占拠しているだけだ。里帆は微かに身震いする。わたしは、とんでもない田舎に引っ越してきたのじゃないだろうかと。
 市内に唯一の寂れた大型(と言えるのかわからないが、)ショッピングモールには映画館もなく、文化的な施設といえば小さな書店とヴィレッジヴァンガードくらいだと言っても過言ではない。もちろん、ヴィレッジヴァンガードを文

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短編「くだらないこと」

短編「くだらないこと」

 ちょっとだけ声聞かせてとか、おやすみだけ言わせてとか
そういうことができない人間 is わたし

 一時間ほどの通話時間が書かれたLINE電話のスクリーンショットに文字をあしらい、Instagramのストーリーにあげ、投稿されたことを確認してからスマホを放り、自身もベッドに身を投げる。

ああ、くだらない。

ちょうど八年前、留学先のタイで出会った「SNSは一切しない」と公言する同い年の日本人の

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短編「人生の1ページ 」

短編「人生の1ページ 」

 泣き疲れたのか、いつの間にかソファで眠っていたらしい。ビニールのこすれるような音がかすかに聞こえて目を開けると、夫がエコバッグから出した総菜を食卓に並べているのが見える。
「あ、起きた。明太子サラダ、好きなやつ、買ってきたよ。食べる?」
 夫の優しい声と言葉がぼやけた頭に意味を成して流れ込んで来て、もう出ないと思ったはずの涙がまた、不意に込み上げてくる。
「今回も……」
 ソファで横になっている

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短編「雨のちくもり」

短編「雨のちくもり」

 三時間かけて小説を読み終わり、顔を上げる。右目の大きなものもらいが存在を主張するように瞼の動きを妨げ、目の位置がひどく下にあるように感じる。小説に引っ張られた思考で頭の中がぐわんぐわん揺れていて、開け放した窓から雨の降る音と、その雨の上を車が通っていくざあっという音が聞こえる。静かで、雨のせいで鈍く痛む頭がぼうっと、ものを考えることを拒む。
 そういえば、と思う。そういえばこの間、婦人科に行った

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短編「『夢見る大人』のすすめ」

短編「『夢見る大人』のすすめ」

 「将来の夢は?」と聞かれると、最近は「魔女になること」と答えている。若い頃と違い、正直、四十歳を超えた人間に向かって「将来の夢は何か」などと聞く人はほとんどいないに等しいのだが、それでも、いつ聞かれてもいいように心の準備をしている。何につけても、心の準備というのは大切だと、古文の締めの言葉のようなことを思う。

「何につけても、心の準備というのは大切だ」

 高校生の頃は古典なんてなぜ勉強するの

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短編「卒業旅行計画」

短編「卒業旅行計画」

 旅行が苦手だ。旅行が、というよりは他人と共にどこかへ行き、昼夜問わず一緒に行動するということが苦手だ。大嫌いだと言い換えてもいい。目の前で盛り上がる友人たちからそっと目を逸らす。
「ね、愛梨は?どこ行きたい?」
「もー話し聞いてる?」
 ハンバーガーチェーン店によく似合う軽快な笑い声をあげながら、咲希と有紗が楽しそうにこちらを見つめる。愛梨が言葉に詰まっていると、咲希が「じゃあ」と言う。
「じゃ

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