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短編「卒業旅行計画」

 旅行が苦手だ。旅行が、というよりは他人と共にどこかへ行き、昼夜問わず一緒に行動するということが苦手だ。大嫌いだと言い換えてもいい。目の前で盛り上がる友人たちからそっと目を逸らす。
「ね、愛梨は?どこ行きたい?」
「もー話し聞いてる?」
 ハンバーガーチェーン店によく似合う軽快な笑い声をあげながら、咲希と有紗が楽しそうにこちらを見つめる。愛梨が言葉に詰まっていると、咲希が「じゃあ」と言う。
「じゃあさ、海外と国内だったら、愛梨はどっちがいい?」
「こ……くないかな?」
 絶対に行かなきゃいけないと言うのなら、出来るだけ近い方がいい。
「国内か〜。じゃあ、北海道か沖縄」
「強いて言うなら……沖縄で」
 北海道は広いから、行くところによってはものすごく長い時間二人と一緒にいることになる可能性が高いし、それは避けたい。
「いいね、沖縄!」
 弾んだ声で有紗が言う。
「じゃあ逆に、国内何の制限もなくどこにでも行けるとしたら、どこに1番行きたい?」
「家。あっ……」
「えっ?」
 焦る愛梨と驚く有紗をよそに、咲希が落ち着いた様子でため息をつく。
「だと思った。さっきから全然話し聞いてないんだもん。愛梨、もしかして旅行とか好きじゃない感じ?」
「や、あの、うん、ごめん」
「いや、まあそういうことあるよね、あるある」
「じゃあ……沖縄……なし……?」
 有紗は目にうっすらと涙を浮かべている。
「えっと……や、本当……あの……もちろん、二人のことが嫌いとかそういうことではなくて……沖縄も……その……行きたくないわけじゃないんだけど……」
 パッと顔色が明るくなる有紗を制して咲希が口を開く。
「でもほら、ムリして行くとこじゃないでしょ、沖縄って」
「倒置法ー」
 目を潤ませて言う有紗に、愛梨の口元が緩む。
「泊まりが嫌?それとも、移動が嫌?それか、なんだろ、旅行にはお金掛けたくないとか……?」
「実は……その……旅行がすごく苦手というか……親との旅行も無理なんだよね……自分以外の人と数日間もずっと一緒にいるっていうのが、自分でもわかんないんだけど耐えられなくて……変だよね……わかってるんだけど……」
 最後の方は涙声になってしまって恥ずかしい。けれど、ここまで自分を晒したのは初めてかもしれない、と思う。
「その気持ちはよくわかんないけど、変ではないことはわかる」
 有紗が神妙な顔で、共感してくれているような、いないような返事をする。
「じゃあ、今回の卒業旅行は日帰りで行けるところにしよっか。それなら大丈夫そう?」
 咲希の提案に、愛梨が涙目でうなずく。
「ものすごく楽しみ。ありがと」
「良かったー」
 有紗が言いながら、愛梨の頭を撫でるとも、軽く叩くともつかない手つきで二、三度触れ、そこに咲希の手も加わる。二人の手の優しさになんだかほっとして、愛梨はそっと目尻を拭った。

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