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短編「『夢見る大人』のすすめ」

 「将来の夢は?」と聞かれると、最近は「魔女になること」と答えている。若い頃と違い、正直、四十歳を超えた人間に向かって「将来の夢は何か」などと聞く人はほとんどいないに等しいのだが、それでも、いつ聞かれてもいいように心の準備をしている。何につけても、心の準備というのは大切だと、古文の締めの言葉のようなことを思う。

「何につけても、心の準備というのは大切だ」

 高校生の頃は古典なんてなぜ勉強するのかと思ったりもしていたが、振り返るとあんな贅沢な時間はない、と思う。勉強だけしていればいい時間。家事もせず仕事もせず、部活と勉強に専念できる贅沢な時間。

 将来は魔女になると決めたものの何もしないでいたら、というか何をすればいいのかわからないままにしていたら、当然ながら一歩も魔女に近づけないことがわかり、昨年から手始めにハーブの勉強を始めた。寝る前に1時間、と思うのだが、昼間はパートタイムで近くの道の駅でレジ打ち、朝晩は家事と育児、さあやろうと思った日には、中学生の娘の部活の保護者会があったり(熱血指導で有名な吹奏楽部の先生の熱い話しを1時間も聞かされた)、小学生の息子のPTA総会があったり、夫の飲み会の送迎を頼まれたり(うちから最寄駅までは車で15分ほどかかるのだ)、全くもって思うように勉強ができないのだ。だから、勉強に専念できる子どもたちがうらやましい。
 とはいえこのままでは魔女になれないまま、夫と子ども(と両親)の世話をするだけで寿命が終わってしまうので、ある日のパート終わり、自身が働く道の駅の苗木コーナーでハーブを三種類、ローズマリーとコモンセージ、それからカモミールを買い、帰りに土とプランターを買って、2階のベランダの陽当たりの良い場所に植えたのだった。

「お母さん、これなに〜?」
 下の息子が小学校か、帰ってきて言うので、
「お母さん魔女になりたいんだよね〜だから、ハーブ買ったの」
 と説明とも言えない説明をすると、小学4年生ながら少し逡巡した後、ふーんとだけ言う。次の日学校から帰ってくるなりリビングでランドセルを開けた息子は、
「これ貸してあげる」
 と、ハリーポッターの呪文がずらっと書かれた本を貸してくれた。かわいいよね、という話しを中学2年生になる娘と夫に話すと、うんうんとうなずいて笑う2人がそっくりでそれもまたかわいい、と思う。

 さあ勉強、勉強、とハーブの効能をまとめたノートを開きながら、カモミールが育ったら休日にカモミールティーでも作ってあげようなんて考えながら過ごすこの時間が愛しいのだ。

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