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短編「夏の夜のファミレス」

「結局リサはさ、ほんとのこと、一回も言ってないよね」
 冷房の効いた夏の夜のファミレスで、セフレに告げられる言葉としては重い方だと思う。冷静を保とうと、頭の中でそんなことをぼんやり考える。
「ほんとはオレのことどう思ってるの?やっぱり、ただのセフレ?」
 そんなこと言われても……とか、よくわかんないけど……とかそういう言葉が浮かび、笑って誤魔化す。
「そっか」
 何も答えないうちにそう言われてそっと、胸を撫で下ろす。氷で少し薄まった、まだ冷たいジンジャエールを一口飲む。
「じゃあさ、オレの名前、フルネームで言える?」
 そりゃあ、と口の中でつぶやいてから、あれ、と思う。あれ、フルネーム、フルネーム……アオイっていうのが名前なのはわかる。何アオイだっけ?タカハシ?エンドウ?ヤマダ……とか……。頭の中で、いろいろな名前が浮かんでは消えていく。ふと顔を上げてみたものの、目の前に座っているセフレの表情からはもはや何も読み取れない。
 どうしよう、わたし、人に対する誠実さがゼロすぎて死にそう。心根が腐りすぎてる。なんでこんなにも簡単に人のこと蔑ろにできるんだろう。どこから始まったのこれは。自分の気持ちに嘘をついて、彼のベッドに横たわったとき?ううん、たぶんもっと前。他人も、自分でさえも簡単に蔑ろにできる。なんか、気づいたら膝から崩れ落ちそう。ふっと力が抜ける感覚に襲われる。わたしは、今まで一度も人と誠心誠意向き合ったことがないのかもしれない。

 本当のこと一回も言ってない

 そう言われてもなお、なんとなく笑って誤魔化してしまった。誤魔化せると思ってしまった。

 最低すぎる自分。

「リサは、目の前の人のこともっと見てみな。でさ、愛を急ぐ必要なんてないよ、たぶん」
 目の前に座るセフレの、アオイくんの言葉の意味がわかる日がわたしに来るのだろうか。

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