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短編「きっと、さよなら」

 平日、午前中のフードコートは広い。老人四、五人のグループが、点々とテーブルを占拠しているだけだ。里帆は微かに身震いする。わたしは、とんでもない田舎に引っ越してきたのじゃないだろうかと。
 市内に唯一の寂れた大型(と言えるのかわからないが、)ショッピングモールには映画館もなく、文化的な施設といえば小さな書店とヴィレッジヴァンガードくらいだと言っても過言ではない。もちろん、ヴィレッジヴァンガードを文化的な施設と呼べるのならば、だが。
 それでも、俯いてスマホを見つめながら足早に歩く都会の人たちに揉まれるよりも、広々としてゆるやかに時間の流れる「田舎」というのは里帆にとって心地よく、だからこそ、この町に住むことを決めたのだった。

「またそんな、訳のわからないことを勝手に決めて。里帆はいつもそうやって」
 ショータはそう言うけれど、一緒にいる時間も作ろうとせず話しも聞かない人間に、どう相談しろというのか里帆にはわからない。ショータの言葉を無視し、目の前の荷物をダンボールへ丁寧に詰めてゆく。
「ねえ、里帆、聞いてる?俺は仕事もあるんだよ。里帆と違って毎日出勤してるの。なあ」
「わかってるよ」
「わかってるって、嫌がらせかよ」
「だから、わたし一人で引っ越すの」
 ショータの言葉を遮るように短く叫んで、それがショータとの最後の会話になった。具体的にはいつ引っ越すのかも、つまり何月何日の何時に引っ越すのかも、どこに引っ越すのかも。新しい住所さえ知らせず、今までありがとうとか、さようならとかいう言葉も残さず、ショータと一緒に過ごした2年半をすっかり置いて、この田舎へやってきた。
 ーーーだからと言って。
 里帆は思う。だからと言って、未練は何もなく、強がりでもなんでもなく、むしろ清々しい気持ちなのだと。
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毎週水曜日、がらんとしたフードコートに一人の若い女の子が座っている。いつも同じ時間に来て、2種類のドーナツとアイスコーヒーを買い(ドーナツはいつもオールドファッションとエンゼルクリームだ)、いつも同じ席に座る。おしぼりで手を拭き、ドーナツ(オールドファッションのほう)を一口食べて目を閉じた後、再度おしぼりで手を拭き、パソコンをカバンから取り出して開く。一連の流れがほっそりした指で静かに行われ、そうしてアイスコーヒーを一口飲む横顔を、わたしもなんだか儀式のように静かに見守る。

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