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短編「眠れない夜」

 窓の外に広がる田んぼで声をそろえて鳴く蛙の声が、頭まで布団をかぶっても聞こえてくる。
暑い。
柚樹は枕元に置いてあるリモコンに手を伸ばし、うっすら発光している除湿のボタンを押す。まだ六月なのでエアコンは冷房ではなく除湿を使うようにしているが、そろそろ布団を夏用にしなければいけないようだ。横で眠る夫の足先に自分のそれをくっつける。男性には珍しく年中冷え性の夫は人間冷えピタのようなもので、夏場は彼の手を首筋に当てて涼む。夫も妻にくっつかれるのが嬉しいのかされるがままにしているので、うっとうしくはないらしい。数年前に、「これがWin-Winの関係か」とつぶやいて大笑いされて以来、暑い時は彼の身体の一部に触れるのが慣例になってしまった。そんなことを考えながら何となく眠れずにいると、夫がゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
「ん……眠れない?」
「うん」
 頷くと、柚樹の扱いにすっかり慣れている夫は「こっちおいで」と眠たげな声で言いながら、柚樹の身体を自分の身体ですっかり包み込む。
「暑い?」
 柚樹が首を横に振るのを確認してすぐに、夫が寝息を立てる。それに合わせて、柚樹は呼吸はを繰り返す。蛙の声が、遠ざかっていく。

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