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労働時間によって生産性は決まるのか検証する「ワンファクターモデル経済学の検査編」

労働時間の削減はサービス業の中小企業の一人当たり生産性を上げないという研究報告

本稿では、1990 年代の日本企業のパネル・データを用いて、従業員のワーク・ライフ・バランス(WLB)実現に寄与する可能性のある企業慣行が、企業の全要素生産性(TFP)にどのような影響を与えるかを検討した。その結果、WLBの実践とTFPの間には正の相関があることが確認された。しかし、その相関は観測されない企業の異質性をコントロールすると消滅し、WLBの実践が企業のTFPを中長期的に増加させるという一般的な因果関係は見いだされなかった。しかし、大企業、製造業、不況時に労働力不足を指摘された企業、といった特徴を持つ企業では、正の効果が確認され、その規模も大きい。これらの企業は固定的な雇用コストが大きいため、企業固有の人的能力に投資している企業や採用・解雇コストが大きい企業は、離職率の低下や採用効果の向上を通じてWLB実践の恩恵を受けると推論される。

Effect of Work–Life Balance Practices on Firm Productivity: Evidence from Japanese Firm-Level Panel Data
https://www.degruyter.com/document/doi/10.1515/bejeap-2013-0186/html

これまでの研究者の報告をまとめると、①睡眠時間を削るほどの長時間労働を減らすことは生産性に向上に直結する。睡眠時間を削ってまで働くことは厳しい負の効果がある。睡眠時間を確保できるくらいに長時間労働を無くすことは生産性から見ても絶対に必要である。睡眠時間を削れば生産性どころか生産量すら減る。②しかし、すでに定時帰りが常態化した企業において労働時間を削ることは「大企業・製造業・それ以外に人手不足の中小企業」を除くと、つまり日本の多くを占める「サービス業の中小企業」の労働時間を削っても長期的に見ても生産性上がるとは言えない。

→ワンファクターモデル経済学は、労働時間によって生産性が決まると主張している。しかし、中小企業に関しては他の要因が大きく相関関係がないことを認めている。企業の従業員数が増えるほど収束し、労働時間を減らす効果が大きくなる。→しかし、このケースの場合、ワンファクターモデル経済学が主張する知の探索というよりは知の深化の側面からワークライフバランス=労働時間削減の有効性を訴えている。しかし、大企業は労働時間を削ったほうがいいという点において共通見解があることがわかる。

生産性誤解と真実
https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/18112901_morikawa.pdf

「そう見えるでしょう経済学」の大きすぎる盲点

もし仮にこの説が事実ならば、どこの国の政府も経済政策には一切苦労しませんし、不況になることもないでしょう。バラ色の世界が訪れるはずで、この説を考えた人は「人類を救った偉人」として、永久に歴史にその名を刻むことになるでしょう。

しかし、こんな都合のいいシナリオは、現実にありうるでしょうか。

私は、このような「分析」を、「そう見えるでしょう経済学」と呼んでいます。1つの相関関係を見つけて恣意的に図表を作り、「ね、そう見えるでしょう!」と人を説得するやり方です。

確かに、何も考えずに先のグラフだけを見れば、多くの人はその主張を信じるかもしれません。また、可処分所得が減っている人にとっては、理解もしやすいうえ、希望の光のように映るかもしれません。

しかし、この主張には大きな問題があります。それは、この図表が表しているのが、ただの相関関係だけだということです。

我々アナリストは、このように複数の異なる指標の間にここまで強い相関関係を発見したとしても、そこで安易に結論を下して仕事を終えることはありません。なぜならば、このような発見は、分析作業の始まりでしかないからです。

アナリストの場合、このような強い相関関係を発見した場合、まずデータ自体を疑います。データ量は十分かどうか、恣意的なデータ選別になっていないかを確認します。

次に、因果関係を追求します。相関関係は偶然なのか。反証はできるか。

http://www.kushima.org/?p=67047

生産性が高いから労働時間が短くなるのであって、労働時間が短いから生産性が高いとは言えないのではないか?あるいは「海難事故件数とアイスクリーム売上」のような関係にはないか?

これこそが今回検証すべき内容になる。

1.1 労働時間と生産性と幸福度には全てに相関関係「は」ある

生産性と労働時間、労働時間と幸福度、幸福度と生産性にはいずれも相関関係がある。

労働時間と生産性「因果関係??」
分母なので直線関係にあって当然。
→しかし、分母より分子が多く増える傾向に注目。
→このグラフがエセ相関でなければ、労働時間を削ればそれだけ生産性が上がることになる。
→エセ相関である(生産性が上がるとほとんどの国がその分労働時間を削る関係の場合)労働時間を削ったからといって生産性が下がるとは言えない。※1600時間の壁とそれ以降では生産性が下がる関係が打ち消しあっている可能性も。
→労働時間は少ないほうが豊か(それでも働きたければ副業をすればいい)だから、労働時間を削ること自体はやはりやるべきではある。

https://news.careerconnection.jp/news/social/38640/

労働時間と幸福度「因果関係:労働時間→幸福度?」
r二乗値はそこまで高くはない。労働時間が少ないが幸福度の低い国が存在しないことが注目点。

https://www.funalysis.net/ja/social-issues-work-style-reform-in-japan-max-100-hours-overtime-per-month-is-insane-2

幸福度と生産性「因果関係:生産性→幸福度?」

https://www.nissay.co.jp/enjoy/keizai/127.html

1.2 幸福度と生産性

幸せな職場を作ると、生産性が上がることはこの本で示されており、幸福度と生産性の関係をつなぐ研究は集まりつつある。

幸福な人とそうでない人の生産性差は二倍あるとこの本には記載されている。さらに、ベイン・アンド・カンパニーの「Time、Talent、Energy」ではやる気のある人と、そうでない人には3倍の生産性の違いがある結果が示されている。モチベーションの管理は企業競争力に直結すると言われている。

生産性が上がると、幸福度が上がるか?に関しては生産性が上がれば賃金が上がるので、その賃金が上がった分が幸福度を上昇させる。そもそも生産性が上がることで得られる幸福感がどの程度かは把握しづらい(ここのデータも出せるとなお良い)。

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/16/backdata/2-2-01.html

意外にも生産性と賃金の相関関係は弱い。しかし、これは簿記から考えても、生産性はその国の付加価値の総計÷人口(一人当たり生産性)あるいは、付加価値の総計÷労働時間(時間当たり生産性)であることから、

「付加価値 = 人件費 + 経常利益 + 賃借料 + 金融費用 + 租税公課+減価償却費」で計算されるので、生産性が上がっても結構純利益に回って配当や税金などに行っていることを示唆してはいる。

は世界価値観調査2020年版のデータに基づくグラフだが(社会実情データ図録より)、収入と幸福度の相関は低い(相関係数0.1)。https://jp.quora.com/%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E5%BA%A6%E3%81%AE%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%AF%E5%B9%B4%E5%8F%8E660%E4%B8%87%E5%86%86-%E3%81%A7%E3%81%9D%E3%82%8C%E4%BB%A5%E4%B8%8A%E3%81%AF%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E3%81%AF%E5%A2%97%E3%81%88


1.3 労働時間と幸福度

・労働時間が短いから幸福度が高い
・幸福度が高いから労働時間が短い

基本的に考えて前者ではあるが、後者のケースも全くないわけではない。これについては、そもそも生産性が上がることでどの程度幸福になるのかと、同じように細かいデータはない。ただ見たところ、労働時間が短い国は皆生産性が高く、幸福であるとは言える。

1.4 生産性と労働時間

労働時間が短いと思考力が高まる。このことは慶応大学とメルボルン大学の共同研究から男性は年1300時間~1560時間、女性は1150時間~1400時間において最大のパフォーマンスを発揮するという研究結果が出ている。この研究結果は、生産性が労働時間を決めるワンファクターモデル経済学を支援している。

さらにこれまでワンファクターモデル経済学が成り立つ根拠にしてきた、知の探索・知の深化理論をここに書く。

「深堀り」ばかりしていると自己破壊しかねない理由 『世界標準の経営理論』で学ぶ「両利きの経営」

知の探索はイノベーションにおいて重要な理論である。

両利きの経営
 なぜ経営学者は、知の探索・知の深化の理論がイノベーションに重要と考えるのか。その最大の理由は、繰り返しだが人の認知に限界があるからだ。本来の世界は圧倒的に広いはずなのに、人は認知に限界があるので目の前の狭い部分しか見えない。したがって、少しでも自分の認知の範囲を出ることが重要であり、その行為を前章では「サーチ」と称し、本章では(特に広範囲のサーチを)「知の探索」と呼んでいる。

生産性を決めるのはその国の技術水準である。そして、技術水準はイノベーションが決めている。すなわち知の探索がその国の生産性を決めている。

ここまでは、ほとんど経済学・経営学で常識となったと思う。日本の生産性が低迷したのは、マクロ経済政策の失敗や、構造改革の不足以上に、この知の探索の問題が指摘できる。

この議論の根幹をなすのは、この知の探索と労働時間の関係である。たしかに、寝る時間すらない、残業代さえまともに出せないほどの企業は、知の探索などする暇もないから、イノベーションなど程遠くいずれ倒産する運命にあるかも知れない。それらを淘汰しなければ経済全体が停滞するという考えまでは分かる。

しかし、ある程度定時帰りなどができる企業でも労働時間を削るべきか、残業はどのような条件で知の探索にとって悪いのか、そもそも知の探索をしているかどうかと比べれば、労働時間自体はどうでもいいのではないか、など様々なケースが想定できる。

そのうえでも労働時間こそが最重要ファクターかを決めることは難しい。しかし、生産性が高い国はほとんど労働時間が短く幸福度が高いのだ。つまり、知の探索をすればイノベーションが起きて生産性が高まるのだから、知の探索は生産性向上・労働時間削減・幸福度向上の三点に働きかけることができる。

結論→ワンファクターモデル経済学が本当に成り立つかは、学術的な証拠は不十分である。しかし、1600時間あたりで労働時間を削ると国家の生産性が急上昇し、それ以降では労働時間を削るほど生産性が下がる効果によってエセ相関に見えているだけで、因果関係はあるかも知れない。

年間労働時間1600時間周辺について、絞った観測をすることによって、1600時間周辺での労働時間削減が果たして実際の効果を及ぼすかを見る必要がある。それには差の差分析が有効になるだろう。ただやはり、生産性が高い国と労働時間が短い国はほとんど一致しており、生産性が上がると人々は労働時間も減らそうとする(生産性の高い仕事は労働時間も短い)か、労働時間が生産性を決定しているかのいずれかにはなりそうだ。

⭐︎より信憑性の高い理論→労働時間はともかく、知の探索がイノベーションを決め、イノベーションが技術水準を決め、技術水準が生産性を決め、生産性が豊かさを決めていることはもう経済界・経営界の常識となっている。

このため、国家・企業・個人に至るまで成長政策とはいかに知の探索を進めるかであり、知の探索のサーチはあらゆる側面において重大である。

その上で、2022年のイグノーベル経済学賞は、破壊的イノベーター間での分散投資を推奨している。イノベーターかイノベーターでないかには無限倍の差があるが、イノベーターがどの程度イノベーションを起こすかは運である。

このため、イノベーターには非常に高い給与を分散投資し、非イノベーターと賃金格差を作ることでイノベーターになるインセンティブを与えることで、イノベーションを増やすことができる。つまりそうする国家が特に成長する。

しかし、イノベーターが大きなイノベーションを起こした場合の富の偏りを減らしできる限りなくし、イノベーターに強く分散投資できる環境を作ることがベストである。このような方針にして、国家のイノベーション量を最大化させることが国に求められる。

当然の話だが、寝る時間さえ削って働く(実際には生産量が落ちている)イノベーターと、労働時間が適切で最も生産性が高い非イノベーターでも、イノベーションに与える効果は無限倍に異なる。

このため、イノベーターというものが何かを炙り出し、国民全てがイノベーターになる状況を作り出すことが国家に求められているし、社員全員がイノベーターになることが企業には求められている。つまり、イノベーションに関係のない作業・職業をいかに破壊して、イノベーションだけに集中するかが経済・経営学における成長といっても過言ではない。

ただし、であるならば全ての人間が大学院に進んで企業研究者になったり、イノベーションのできる企業に就いたり、企画部になったり、社員全員でアイデアを募ったり、起業すればいいだろうに、そうなっていない以上は、理想論だがそれにもっていくことはできないという観点からも国家を見る必要がある。

しかし、今後を考えるならばグレートリセットが起きてイノベーター的でない職業が破壊される速度は加速していくと思われる。

問題があるとすれば、イノベーションの加速度的な飛躍と生産性の帳尻が合っていないことだろう。イノベーションが指数関数的に増加しているならば、生産性もそれに合わせて急上昇していなければならないが、そうなっていないことは注目に値する。

生産性を上げるのがイノベーションだけではないとすれば、やはり労働時間がイノベーション以外の別のルートを介して生産性を決めているなどの側面が絡んでくると思う(資本装備率の向上は、投資が低迷していた日本経済には効果が大きいかも知れないが→日本では家計貯蓄率の上昇による資本装備率の上昇によって生産性を高める余地が残っているが、西欧などでは経済効果は薄くなっていると考えられる)。

労働時間を減らすことは経済にとって少なくともマイナスではないのだから進める。それより先をどうするか、どう考えるかである。

ただワークライフバランスも、働き方改革も、労働時間削減も損にはならないことが示されているので、やり得ではあるようだ。

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