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私の核となりそうなもの

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#毎日note

2019を振り返って

2019を振り返って

やっと年末年始の休暇に入ったというのに、私ときたら3日間寝こけていて、今日になって色んなまとめを書き出した。それだから全部が少しずつになっているような気はしないではないけれど、とりあえずやってみる。帳尻合わせの得意な私らしい年末だ。

そもそも今年はnoteを始めた。自分の溜まっていく内面を書くつもりでいたら、すぐに昔の事を思い出せなくなってしまって、結果価値観が変わっていく私の進行形の悩みが多く

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私は自分が体験したことしか信じられない、そんな人間だ。嫌なことも辛いことも全部私の中に生きている。

私は自分が体験したことしか信じられない、そんな人間だ。嫌なことも辛いことも全部私の中に生きている。

昔は優等生だった私の話をしよう。

すごく厭味ったらしい書き出しになっていることは百も承知だ。よく考えたら、よく考えなくても分かることかもしれないけれど、私が体験したことやせいぜい見聞きしたことぐらいしか私は書けないのだから、ないものねだりをしたって仕方ないと開き直り始めた。

私が優等生だったのは小学生までで、それより後は基本的に普通以下の落ちこぼれだったりもする。

勉強が出来ないと思ったこと

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私は男性になりたいという気持ちと決別し、女性にならなくてはという気持ちとも離れて、歩き始めた。

私は男性になりたいという気持ちと決別し、女性にならなくてはという気持ちとも離れて、歩き始めた。

毎日のnote投稿をはじめて100日が経った。100日目には私のジェンダーに向き合おうと思っていたから、とりあえずその日まで来れてよかった。

私は今まで生きてきて自分の性別を本当に良く悩んだ。自分が男性なのか女性なのか本気で分からなくなったこともあるし、男性として扱われたかったこともある。それでも近年は振り返ってみれば、なんとなく私は女性だろうなと思うようになっていた。



小学生の頃には、

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「おつかれさま」と「がんばります」を名一杯叫ぶ私の話

「おつかれさま」と「がんばります」を名一杯叫ぶ私の話

ここ数日、緊張の波でいっぱいいっぱいだったが、ついに解放された。

私は何故だか物事を壮大に捉えてしまう癖がある。普通なら一回転して止まればいいところを、二回転半まわって求めている方向とは逆に歩んでいることがたびたびある。「あ、もっと手前の段階の話だった」と私が気が付けば修正は出来るし、気が付かなければ会話が食い違ったまま終わる。基本は不器用なのだ。

今日はそんな私の性質を全開にしていってしまっ

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私という存在はどうでもいいけれど、私は私が見た話をしたい

私という存在はどうでもいいけれど、私は私が見た話をしたい

初めて短編小説を書いた時がいつだったのか覚えてはいないが、課題として小説を出したのは中学生の頃だった。景色が見えなくて、何度も何度も書いているうちに、視点が混濁して、一部死者視点のまま課題を出した。恥ずかしいことに今も現物が手元にある。

私という一人称が幼い頃からあまりにも俯瞰で物を見すぎていたために、どこが一人称なのか他人との境目が分からなかったという方が正しいのかもしれない。

私の根幹は人

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正面突破が出来ないのは昔からというどうしようもない話

正面突破が出来ないのは昔からというどうしようもない話

あなたはどんな小学生だっただろうか?

小学生の頃の面白いエピソードというのは、その人の核という性格を担っているような気がしている。

私が決まってあげるエピソードは、「人の宿題をすべてやってしまった話」「お皿を割って大号泣した話」「かけっこでいつも1番になる話」あたりで、今こうして「普通」には生きていけない私を象徴する話でもある。



人の宿題をすべてやってしまった話は、もう文字通りそのまま

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