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「アイウエオの秘密」田辺 健
2020年7月29日 07:30
感度は感動で成り立つ。音に返すと同じ。感度=カンド→カンドー=感動。感じる度合いで動く。制御 の技術用語ではゲイン(利得)が高いと言う。ゲインば入力と出力との差のこと。単位はデシベル(dB)。感動はデシベル表現できるかも。1dBの感度で、何dBの感動を得るか?感度dBを上げて、利得を得よう!
2020年7月28日 17:03
いろんな意味で、出口を探していたのかもしれない。出すことで入る。出=シュツ=卆。九となりて十と成す。卒業は出口のところ。出=デ=テ=手=シュ=主。出すことで主なる天(十)へ繋がる。出口は次の空間への入口でもある。次の手を打つとは、出口を明確化することだ。芝居でも出の部分が重要とも聞いたことある。落語でも出だしの枕(まくら)の話しが大事。出は始まりの位置。
2020年7月27日 06:45
物事や事柄に取り組む時は、少し引いて観る事が大事だ。近づいたり離れてみたり。ミクロで見てマクロで見る。遠近両用の視点と思考を持つ。遠近=エンキンを音に返して観ると、エンキン=円金に変換できる。円もお金もマネー。マネーのつき合い方を考えれば、遠近の視点の大切がわかりやすいかも。意識的には引く事のほうが難しい。少し引くには実力がいるかも。時々ふと我に帰る
2020年7月24日 08:06
笑うって事は、凄い意味と効果がある。笑いで元気にしたり、免疫力アップさせてり、予防対策することもできるようです。世の中的には、笑い療法士なる仕事もあるそうです。レンズの仕組みから「笑いのツボ」を見出すことができた。そのポイントは、「焦点」。音に返すとわかる。焦点=ショウテン=笑点。レンズの特性として、物体を焦点上に置いた場合は、図解で見てわかるように、2つの光線は、平行
2020年7月23日 20:41
任せる事は、人を成長させてくれる。任=ニン=人=忍=認。任せることは、人を信用するという事とを通じて、あくまでも自らを信じきることでもある。任せることは、忍の一字で耐え忍ぶことなのかもしれないネ。任せることは、自らの信と芯と真と心と神を認めること。任せることは、できそうでできない。泳ぎと似ているとも聞く。水に体を浮かべる時は、力を抜いて、委ねるように力まない方が
2020年7月22日 07:29
事柄をやる時には心(気持ち)の位置が大事。やる気が満ちてるほうが進みやすい。でもやる気が満ちない時もある。誰かの一言や何かの一文字や何かの景色や人の出会いなど、何かしらの状況や情報でスイッチが入って、やる気モードになったりする。やる気の気(き)は、鍵のKey(キー)なのかもしれない。やる気≒やるKey≒やる鍵。鍵がないと扉は開かないように、鍵を見つけた瞬間に、ス
2020年7月22日 07:07
目の前の箱を認識することで、自らを無に返して、透明人間のようにすり抜ければ、箱から出られる。箱と言えば、パンドラーの箱が有名。箱を開けると、出てくると不都合なものが続々出てくる。箱を開けられるのは、内側からしかできないと思う。自らが進化の過程で、魂成長へ向って、様々な不都合を出しながら、箱から抜けたいのだと思う。箱入り娘では、魂は成長できないのだと思う。箱から出るは、自ら出
2020年7月21日 08:20
自分の殻や器を表現するのに「箱」を使いますネ。箱から出ることの重要性は、あらゆる気づきの本にも書かれています。箱自体だと思っていることは、認識の世界であり、箱は幻しであると言われたりします。意識は、この幻の箱に随分と支配され、勝ってに悩まされていますネ。箱=ハコ=85=8+5=13=十三=トミ=富=金。箱の数理を観てみると、13数理が浮かびあがってきます。富であり、金の意味
2020年7月21日 07:29
古いものはいつか消えていく。古い意識も消えていく。そして古い認識・古い常識も消えていく。ちょうど、砂を「振るい」という道具で粒を合わせているように。網の目に残った大きな砂が古い認識・古い常識かもしれませんね。「振るい」に掛けられて残ったものが古い。網の目は、意識の精度のようなもの。目が粗いと、古い認識は取り除くことできない。目が細かいと、古い認識は取り除くことができ
2020年7月20日 07:31
余白の余(ヨ)は、「余は満足じゃ」の殿様ではないが、自分という意味がある。余白とは、余(ヨ)、つまり自分が白くなることの意味かもしれません。白くなるってことは、頭が白くなると言うように、何も思考することがなく、無の状態を現してる。意識の面でも余白を創っておく事は大切。余白は、ある意味で自分を外すことの出来る状態や、空間を意味するもの。自らの思考が停止して何も考えないときこそ、実
2020年7月19日 18:54
人を信じるからこそ、安心して任せられる。それは、自らを信じきれる位置からの創造で、信じられる人を映し出して、信を得ている。神様の存在を、自分の外に置かないで、自らの中に置いてこそ、自らに「信」をもてる。それ故、神様事(カミサマゴト)の神事(シンジ)とは、映し鏡の自分の信じ方を表現している。信じ方=神事方。信じるものは、我が魂だけなのかもしれない。自信を持つこ
2020年7月17日 07:30
新しい時代には、新しい考え方が必要。いや、新しい考え方・概念が創造されたから、新しい時代になったと言える。新時代のデータをインストール必要な時期。今までの常識が外され、新しい常識と言うデータが創られインストールされる。「ストール」を大辞林で調べてみる。「主にカトリックの聖職者が、ミサなどのとき、首から掛ける細長い布。一種の法衣。」ストールは、法衣とある。法衣=法
2020年7月16日 07:29
わからないことが多いのが世の中。わからないから不安になるのと、わからないからこそ面白いのと、2通りの捉え方(=認識)がある。わかった、理解したってことは、実は小さき範囲のこと。実はわかり方や理解の仕方は何万、何百万通りもあって、1つわかったとすることで、他の99.9%のわかり方を捨ててしまっているかもしれない。わからないという事がわかったということの方が、はるかにその捉
2020年7月14日 07:19
自分の紙ノートにも書き印しておいたのだが。問題=モンダイであり、どんな「も~んだい!」と捉える意識でもある。問題と捉えるも認識である。その考え方や価値観や常識で捉えて問題と認識しているだけかもよ。そのものがズバリ問題だとは限らない。問題そのものを問題だと捉える認識(意識)の方に問題があって、問題そのものをまったく問題と捉えていない方には問題はない。問題があるのではなく、