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#小説
失恋墓地|毎週ショートショートnote
「よう、マスター」
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いたが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だ
祈願上手|毎週ショートショートnote
「神様、あー神様、どうかお願いします……」
ブレザーを着た高校生らしき少年が眉間にしわを寄せて、一生懸命に手を合わせている。
――どうせ恋愛関係じゃろう。どいつもこいつも……。
少年の真正面に立ち、大あくびをした。どうせ少年にワシは見えない。
先週は中学生らしき少女が「サッカー部のキャプテンの町田君が彼女と別れますように」と手を合わせていた。
――まったく……。
自分の願い事ならともか
放課後ランプ|毎週ショートショートnote
「74番ゲートにて、進学743便にご搭乗予定のお客様にご案内します。
当便のお客様の機内へのご案内は、6時30分を予定しております」
――よし。定刻通りだな。
俺は時計を見る。
「あーもう! 就職便は25分の遅延よ。新入社員が怖気づいて部屋から出てこないって」
就職便の案内スタッフ、藤井さんが天を仰ぐ。
「またか。確か去年も同じような理由で1時間遅れたんじゃなかったっけ?」
「毎年恒例よ
春ギター|毎週ショートショートnote
――今年も沸いて出たか……。
夕方、駅前ロータリーのストリートミュージシャンを見て、心底うんざりした。俺にとっては、騒音をまき散らす迷惑者にしか見えない。
見覚えがある。確か去年も同じ時期、同じ場所で歌っていた。若い女性だ。学生だろうか。小柄で、ギターが異様に大きく見える。
――不格好だな。
バス停へと歩きながら、女性を一瞥する。
***
春は好きじゃない。
嫌いってわけじゃないけど、苦
桜回線|毎週ショートショートnote
「桜回線は枯れてしまいました」
ネット回線業者「桜回線」のウェブサイトには、そう表示されていた。
――どうしたんだろう。
桜回線は最近人気のネット回線で、料金は割高だが、その料金の一部が桜を守るために寄付されるというもの。しかも、「回線乗り換えに伴う違約金や手数料などは桜回線が負担します」という触れ込みで、大手ネット回線から桜回線への乗り換えが相次いだ。
――大手に潰されたのか。
SNS
レトルト三角関係|毎週ショートショートnote
「あの……主人のことなんですが」
依頼者を見た瞬間、容易に想像がついた。「旦那の件だな」と。
「隠れてレトルト食品を食べているみたいなんです。私の手料理はいつも『美味しい』って言って食べてくれてるのに……」
「なるほど。で、奥様としては、何がお望みで?」
「主人が、二度とレトルト食品を食べないって約束してくれれば……」
――数日後。
事務所には依頼人の奥さんと、その旦那さんがいた。
旦那
洞窟の奥はお子様ランチ|毎週ショートショートnote
電車の中で、赤ん坊の泣き声が響き渡った。その瞬間、友人がすっと席を立つ。「降りよう」という無言のアピールだ。
今まで何度か同じことがあり、僕は「赤ん坊の泣き声が苦手なんだろう」と、特に何も言わなかった。しかし、苦悶の表情を浮かべ、「はぁ」とため息をついてプラットホームのベンチに座る友人に、思わず「そんなにイヤなの?」と聞く。
「いや、違うんだ」
次の言葉を待つ。
「俺の実家は長野の山奥で、夕
行列のできるリモコン|毎週ショートショートnote
――これは……。
スマホだと思ってカバンから取り出した「ある物」に、僕は驚愕していた。
そして、肝心のスマホがないことに、冷静に「なるほど」と納得する。
「お前、それは……」
隣の席の上原が遠慮がちに聞いてきた。
「見りゃ分かるだろ? テレビのリモコンだよ」
「ああ、テレビのリモコンか。そうかそうか……」
気の毒そうに僕を見る上原にたたみかける。
「スマホと間違えて持って来ちまったんだ
ツノがある東館|毎週ショートショートnote
「運の良し悪しは関係ありません。運命です」
これから喰われるというのに、住職は表情一つ変えずに言い放った。どうやら自分の身に起こることを予期していたようだ。
「運命……と申しますと?」
私が尋ねると、住職は「少々お待ちください」と言い、小さな巻物を持って来て、目の前で広げた。紙からはパリパリ……と乾いた音がして、今にも破れそうだ。
「1000年前より、この寺に伝わる巻物です。寺を継ぐ時に、
アメリカ製保健室|毎週ショートショートnote
「えーと……」
私の戸惑う様子を察したのか、男子生徒は「3年7組の大崎です」と早口で名乗った。いつも授業をサボりに来る生徒ではなく、至って真面目そうな生徒だ。体調不良だろうか。
「どうかした?」
大崎は何も言わず、さっきから私の肩越しをじっと見ている。振り向いてその視線の先を追うと、棚の上に飾ってある小さな黒い石に辿り着いた。
「先生、あの石は?」
「あれは……前任者が置いて行ったものね。
ドローンの課長|毎週ショートショートnote
「よーし! あと10分で復元完了だ!」
「まったく、あのドローン課長、手間かけさせやがって……」
俺は同僚の池田と一緒に、ある動画の復元作業をしていた。ドローンで撮影された4K動画で、しかも削除した人物が動画データを簡単に復元できないように徹底的に破壊したため、復元に34時間もかかった。
その動画は……1年前に北海道遺産に認定された、オホーツク地方の留遠別遺跡群。
遺跡を撮影し、そして削除し
粉雪|毎週ショートショートnote
――死亡したのは埼玉県在住の豊原和之41歳、サラリーマン。
「粉雪か……」
「41歳って、粉雪に手を出すにはちょっと高めの年齢ですね」
新米刑事の加藤が豊原の免許証を食い入るように見ている。
昨日の夜、千葉と埼玉の県境の雑木林で豊原の遺体が発見された。死因は薬物中毒。
――粉雪。
最近、若者を中心に出回っている危険ドラッグだ。使用すると、チラチラと雪が舞っているような幻覚を引き起こすこと
夜光おみくじ|毎週ショートショートnote
「なぁ、弥呼卯神社のあるところって、お前の地元じゃねぇの?」
同僚の倉田が突然聞いてきた。
俺は「そうだけど」と短く答える。
「これ見ろよ」
倉田が差し出したスマホには、全国の都市伝説を掲載したサイトが表示されていた。
『○○県○○市にある弥呼卯神社で引いたおみくじは、夜になると書いてある内容が変わる』
「これって本当なのか?」
「そんなわけないだろう?」
倉田は「だろうな」と言い、仕
ルールを知らないオーナメント|毎週ショートショートnote
妻と娘がクリスマスツリーに飾り付けをしている。普通なら微笑ましい光景なのだろうが、今の私の表情は「無」に近い。
私の実家には「飾り付けは一切してはならない」という決まりがあったので、クリスマスにも正月にも、何かの行事があっても、飾り付けというものを一切したことがなかった。実家だけではない。実家がある西日本のとある地域には、今もそういう風習がある。
「飾り物をすると、それを盗りに来る奴がいる」