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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その87


87.   『 特別 』と『 変 』は同じだった件




2月のような風が吹いたので
風に今何月かと聞いたら12月だと言われた。
どうやら12月に生まれた風が今私の耳元を
吹いているようだ。
そんな誰にも話せない変な独り言を頭の中で
言いながら私は由紀ちゃんの目の前に居た。


「チョコレートだとさ、すぐに無くなっちゃうと思ったからさ、だからさ・・・これにしたんだぁ。」


「わー。ありがとー。」


由紀ちゃんが何回も髪をかきあげながら
照れて手元だけを見つめながら言う。


ハンカチをもらった2月14日。
お返しをする日にはまだ私はここに居るだろう。
お返しに何を渡そうか悩む。


気持ちが熱くなるほど、必要な金額も大きくなる。
ここは安物で済ますわけにはいかない。
でも高価なものも買えない。
とびっきり素敵なものをあげたくてもあげられない。
時間もお金ももう予約でいっぱいだ。


いや、待てよ。
手作りにすれば愛情たっぷりでもお金が掛からないぞ。
どうしたら良いものか。
自作曲という手はありか?いやなしかな?
そもそもギターが無いことを忘れていた。


全てにお金が絡んでくる。
なぜ考えれば考えるほど絡んでくるのか。
何も考えてなかった時は絡んでこなかったのに。
何も考えずにビールを飲みまくっていた時が懐かしい。


しっかりと顔が2月になっているカレンダーに
丸やらバツやらで落書きをした。
日々の枠の隅には小さな数字たちが散らばって
遊んでいる。
順調にカナダに行くためのお金を貯めている
ように見える私のカレンダー。
これが10月なら最高に順調だった。
しかしもう2月。
1月までは真っ白だ。
ハードルが高すぎて股が破れそうだ。


もう再来月にはカナダに居る予定の私。
まだ飛行機のチケットすら買える見込みがない状態。
もう貨物船の船底に潜り込むしかないのかもしれない。



2月23日。
佐久間さんの家に集金に来た。
佐久間さんちの集金も後2回で終わりだ。
この家が明確にしてくれた私の人生のテーマである
【心の洞窟を探検し続けるアーティスト】になるか、
それとも【大海原へ飛び出す大冒険家】になるかの
問題に決着をつける時が来たようだ。


ドアのベルを押した。ジリジリ♪


「おう!真田か!開いてるぞ!入れ!」


この前のコンビニの老人は一体誰だったんだ。
いつになく力強い声だ。
最後が近いからだろうか?
いや、もうすぐ最後だと思っているのは
私だけで佐久間さんには今から言うつもりだ。
私の耳が敏感なだけだろう。


「ガチャ・・・失礼します。」

「なんだ。入ってくるのが遅いじゃないか。腹でも痛いのか?」


玄関で仁王立ちで待っていた佐久間さん。


「まあ、上がって茶でも飲んでいけ。風呂が沸いてるぞ。入っていくか?」

「いえ、風呂は遠慮しときます。失礼します。」

「そうだ。やかんに水を汲んできてくれ。」


いつも通りのセリフと運び。一連の決まった流れ。
庭の井戸の水を汲み上げるのにも慣れた。
私はリビングに戻って、
やかんをテーブルの上に置いた。


「ん、どうした?なんか神妙しんみょう面持おももちじゃないか。本当にどこか具合が悪いのか?」

「いえ、佐久間さん。僕、そろそろ、ここに来て一年経とうとしてまして、その、あの、」

「そうか。もうそんな季節か。また新しい新人が入ってくるな。もう2月も終わりじゃないか。なんだ?ここの担当者が変わるのか?でもお前はまだ新聞屋には居るんだろう。ここの担当じゃなくなってもいつでも遊びに来ればいい。遠慮するな。そういえば細野は元気か?」

「細野先輩は元気です・・・・」

「そうか元気か。何か言いたそうだな。奥歯に何か詰まっているぞ。昨日食った鳥の胸肉か?」

「いえ、あの、僕、一旦お店辞めて、大阪に戻ろうと思いまして・・・」

「なんだと!オホッオホッ!!」

「だ、大丈夫ですか?」

「それはこちらのセリフだ。なんで辞めるんだ。まだ一年目じゃないか。何があったんだ。」


私はカナダに行く事を話した。


「そうか。お前には放浪癖があるようだな。」

「ほーろーへき?」

「そうだ。腰を落ち着けたくない性格のことだ。すぐ飽きるんだろう。よく噛んで食べないからだ。」

「えっ?よく噛んで食べないってなんで知ってるんですか?」

「やはりそうか。いや・・・」


お茶をもう一度飲み直してから佐久間さんが言った。


「【特別な自分】で居たいという気持ちが強いんだろう。ずっと動いていればずっと特別のままで居られるからな。人間関係が深まる前に去ってしまえば深みにハマらずに済む。ナイーブなくせに行動的なのだな。人と違うことをしながら動き続ければ傷付かずに済むのか。なるほど。」


怒られているのか褒められているのか、
よく分からないくらい奥の深い話を
してくれている佐久間さん。
もうお茶しか似合わない話になってしまった。
どうやらワインを飲みそびれてしまったようだ。


「色んなものを見に行くのは良いことだが・・・」

「だが?」

「今いる場所が嫌で、どこかにものすごい理想の場所があって、そこを探しに行くのだとしたら・・・」

「だとしたら?」


反復するしか無い私。


「そんな所は無い。」

「えっ!ないんですか!」

「無い。自分で作るしか無いんだ。」


大きく息を吸って続ける佐久間さん。


「ものすごく特別なんて無いんだ。ものすごい特別な存在は【いつものやつ】がものすごく集まって出来たものだ。材料は同じだ。どこに行っても見つかりっこ無いぞ。お前が【いつものやつ】を積み重ねるしかないんだ。分かるか?」


ぜんぜん分からなかった。
日本語だから一つ一つの言葉の意味は分かるが、
全体の意味が分からない。
難解な数学が解けないかのようだ。
黙り込む私。


「・・・・・」

「いったい今何を考えておる?」

「いや、この家は、この佐久間さんの家はものすごい特別だと思います。」

「そうか。私が作ったんだ。私にしか作れないんだ。世界にひとつしかない家だ。どうだ?そう聞いたら特別に聞こえるだろう?」

「は、はい。」

「でもこう言い換えることも出来るぞ。『70歳のじいさんが若い時に建てた家だ。家族が寄り付かないから一人で住んでいるらしい。奇妙な家だ。気持ち悪いからあまり近寄ってはいけない。きっと中はゴミだらけだぞ。早く居なくなってくれたらマンションでも建てられるのに』どうだ?」

「そ、そんな!そんな事思ったこと一回もないです。」

「お前はないだろう。まだ若い。でも色んな奴がこの街で生きてる。自分の目でしか人はモノを見れん。つまりだな。」

「つまり?」


答えが出る予感がした。


「みんなひとりひとりがもうすでに特別なんだ。誰一人として同じ奴なんて居ないからだ。お前はもうすでに特別だ。お前と全く同じ奴が他に居るか?」


私と同じ奴?


思い出した。
小学6年生の時の担任の先生に、
この世界には自分と同じような人間が3人いると聞いた。


私のこの思い、この考え、好み、とくに女の子のタイプ。
この目で見る世界の明るさ、色合い、
この耳に聞こえる切ない歌、
この誰にも届かない声、
心のように曲がりくねった髪の質、
ずっともたれた胃腸の具合、
淡い夢と理想。


こんな奴と同じ奴がどこかにいるのだろうか。
さらに、
同じ部屋に住み、
同じ仕事をし、
毎回同じ食事を摂り、
同じ年で同じ顔で同じ身長で同じ血液型。


やはり、似ていても全く同じにはならないな。
間違いない。


と、いうことは?


パァーッと閃いたような顔になった私を見て
にっこり笑ってお茶を飲みながら
うなづいた佐久間さん。


「そうだ。もうすでにお前は特別だ。」


な、なんと!本当だ!
【私】はひとつしかない!
【特別】じゃないか!
やったぜ!


「どこに行く必要もないだろう。まあここに居る必要もない。好きにすればいい。ただ・・・」

「ただ?」

「自分を探す旅というのだけはやめておけ。絶対に見つからん。もうすでにそこにいる唯一の特別なお前がお前をどんどん作っていくしかないんだ。自分というのは探すんじゃ無い。作るんだ。この屋敷みたいにな。誰がなんと言おうとだ。周りの声なんか気にするな。今その目の前にある材料で、片っ端から作って壊してまた作って壊すんだ。試して試して試すしかない。」


「・・・・」


特別な開き具合で口を開けて話を聞いている
特別な間抜け顔の私。
口はもうカパカパでお茶を飲むことも忘れていた。


「もうひとつ良いことを教えてやろう。【変】と言われたら喜べ。」

「えっ?いや変にはなりたくないですけど・・・」

「さらに【頭がおかしい変な人】と言われたら大喜びするんだ。素直にな。」

「そ、そんなこと言われたらショックですけど・・・」

「はっはっは!まだ若いな。」


白い顔がツヤツヤで笑うと光る佐久間さんの顔が続けた。


「いいか。人は人とは違うんだ。だったら【変】で当然じゃないか?」

「おー!なるほど!イコールですね!」

「私は自分とは違うことを【特別】と言う。【変】は使わん。」

「あー!そっちのほうがいいですねー!『変ですね』じゃなくて『特別ですね』にするのか!わー!すごいですねー!全然嫌な気分じゃなくなりました!」

「そうだろう。忘れるな。特別なものは見つけるんじゃない。作るんだ。
作って作って作りまくれ。変なものをな!」

「はい!もう作りたくてしょーがなくなってきました!」

「そうか。理解できたの知らんが、まあ素質はあるな。まあお前ならいつか分かる日が来るだろう。」

「もう人から何を言われても大丈夫なような気がします!」

「そうかそうか。まあどこへでも行って来い。何かが待ってるんだろう。」

「はい!」

「また東京に帰って来たくなったら、この家に住んでもいいぞ。部屋は余ってるからな。家賃も取らん。特別だ。変だろう?」

「は、はい・・・めっちゃ変です!あ、ありがとうございます!」


泣きそうになる私の変で特別な声。

「そうだ真田。東京を去る前に一度泊まっていけ。芸術的なパワーが宿るかもしれんぞ。そしてあの特別なひのきの風呂に入れ。お前のその心のあかが全部ごっそり綺麗に落ちるぞ!わっはっは!」

「うおー!絶対泊まります!今日はもう時間がやばいんで帰ります!さようなら!」


急に急ぐ私。


「おい、変な色の・・・いや特別な色のカバンを忘れてるぞ。」


集金カバンを椅子に忘れていた!
危ない危ない!
お店のお金がたっぷり入っているカバンだ。
私は集金カバンをたすき掛けにした。


「おい、真田!そのカバンの色は非常に特別だぞ!じゃあな!」


うんこ色と思っていたそのカバンが
特別なカバンに変わった。
いや、うんこ色だと思っていた私のほうが、
もうこの世界から居なくなってしまったのだ。
さようなら今までの私。
こんにちは特別な私。


私は急いで失礼して、
佐久間さんの家を自転車で飛び出た。
そして角を曲がってすぐに止まった。
急ブレーキでだ。

そして
急いでポケットからメモとペンを取り出して
今の佐久間さんが言ったことを思い出す限り
書きなぐった。


唯一無二の私だけの特別な方法で。

〜つづく〜

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