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小説の書き出し(がるあん短編小説集)

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構想も何も無い状態で小説の書き出しだけを書くという遊びをしてみる事にした。やってみればそれは結構面白かった。しばらく続けてみようかなと思います。がるあん短編小説集。
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記事一覧

星屑のカエル

星屑のカエル

 ずん、ずん――街の遠くの方から、何かを叩くような音が聞こえる。音の正体が分からなくても、僕はどこか懐かしい感覚を覚えた。
 「これ、太鼓?8月も終わりなのに――暑すぎる」
 それが独り言だったのかどうかは、僕にもわからない。
 「でも夜になれば虫の音も聞こえるよ。昔の人は虫の声で涼を取ったなんて聞くじゃない。虫聴きって、知らない?」
 僕が返答をしないでいると、それは不思議そうにこちらを覗き込ん

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選択する悪魔

選択する悪魔

 スーパーの商品棚へ手を伸ばし、しばし逡巡する。
 目的の品である二種類のマッシュルームが並んでいた。
 ホワイトマッシュルームとブラウンマッシュルーム。
 差し出した手がそれぞれの前を行ったり来たりしていると、私は少し馬鹿馬鹿しくなって口角が上がった。
 どちらを選んでも味や金額に差はない。私は料理の見た目に拘るタイプでもない。心底どうでもいいと感じる二択を前に、私は今迷っている。
 やがて白い

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深夜の仲

深夜の仲

「小浜さぁん、朝の品出し終わったー?」
  客の居ない店内に結城さんの声が響く。もし客が居たらどうするんだと思うくらい、深夜にそぐわない高らかな声だった。
「終わったよ。そんなでかい声じゃなくても聞こえるよ」
  結城さんは独特の笑い方でけたけたと笑い、最後に満足気に「いえい」と締めくくった。意味は私には良く分からなかった。

 雨で客足も遠のく、朝四時のコンビニ。品出しも検品もレジチェックもトイ

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真夜中喫茶店

真夜中喫茶店

  ちりん、ちりん。

  ドアベル代わりに取り付けられた小さな風鈴が、客の来店を知らせる。
  カウンター越しに客の姿は見えず、ドアだけがやがてぱたりと閉まる。私は椅子から腰を上げると、ようやく客と対面した。
「いらっしゃい」
  本日初めてのお客は大人用のワイシャツに身を包んだ、手ぶらの少年だった。見た所中学生くらいだろうか。いや、小学生かもしれない。

「好きな所に座って、どうぞ」
  お客

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大願応報

大願応報

 もしもあなたが全知全能だとして、その人生で何をするだろうか。

  この世が上位者の作った仮想の宇宙、シミュレーションである可能性について、今はまだ全く否定出来ない状態にある――そんな仮説をどこかで耳にしたことはあるけれど、今の私には仮説だなんて謙虚な言い回しは必要ない。この世は全く、徹頭徹尾がシミュレーションだった。

 それはとある凡庸な一日の朝のことだった。
 洗面台の前でぼうっとしていた

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夕越しの切符

夕越しの切符

20年といえば、長く続いた方だろうか。
  国道沿いのローソンが潰れると聞いて、こうして何となく足を運んでみても、その様相はまるで時が止まったように変わらず、凡庸に映った。
  地元を離れて久しい僕が、今更こうして郷愁に縋ろうとするのも、なんだか厭らしいか。
  駐車場の朱色の車両侵入禁止のU字ポールに腰を掛けて、煙草に火を付ける。今はもう駐車場で煙草を吸うのはマナーに抵触するかもしれないけれど、

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AIR LINE

AIR LINE

 どんな時、どんな時間でも、世界中を飛び回る世界で一番大きな鳥。僕の人生の傍らにはいつも、鉄で出来たあの大きな鳥があった。

 県内に一ヵ所しかない空港からほど近い僕の故郷の街は、細々とはしているが観光業を軸とし、昔と変わらず何とかやっている。遠方から嫁いできた父はあの鳥に対しよく不満を漏らした。
 とにかく騒音が酷く、あれが通り過ぎる瞬間は家の中ですら会話がままならないのだ。父の怒りは理解できる

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朝霧

朝霧

朝靄に包まれた街を一人歩いている。

自宅を出てから一時間は経っただろうか。
その頃は確かまだあたりは暗かった。今はもう明るい。

 青白く靄が包み込む街中を一人歩いていると、とても不思議な感覚になった。本当はそんなに長く散歩をするつもりはなかったのだけれど、何となく特別な感じがして帰れなくなってしまった。多分、今は朝の五時くらいかな。良いや、今日も学校は休もう。このまま歩けるところまで歩いてやる

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夜道

夜道

 夜道を一人で歩いている時、ふと後ろを振り向くのが怖くなる瞬間がある。足音が聞こえるからとか、分かりやすい理由など無く。実際に振り向けば後ろには何もないのも分かっている。
 しかしどうも後ろを振り向くと何か嫌な事が起こりそうな気がしてしまい、体が硬直してしまうのだ。

 仕事帰り、見慣れた夜道、最終電車で帰ったので時間は確かに遅いのだけれど、私はまた意味もなく背後に恐怖を感じてしまう。一刻も早く自

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真っ白な一日

真っ白な一日

 ヒトとは自分の場所をいちいち確認していないと安心出来ない生き物である。突然目隠しされ、耳も塞がれ、何かの箱に詰められて、どこかに運ばれている。そんな状況になれば皆不安になるしおかしくもなる。
 目で見て耳で聞いて、あるいは鼻や触覚も使い、今自分がどこにいるのかというのを毎秒毎秒確認しているのである。これは無意識化で行われる為に、殆どの人間はそれがどこから生まれる安心なのか気付かない。すべての感覚

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焼き付いた

焼き付いた

 朝である。

 朝とは私にとって、目覚めてからの数時間の事を指す。
 現在の時刻は十二時三十四分。
 世間一般的な解釈に基づけば、この時間は当然朝とは言い難い時間である。
世間一般的な朝というのは、私の認識の限り喫茶店がモーニングメニューの販売を停止するまで、となっている。私が眠りに就いた時間に世界は目覚め、そして私が起きた時には既にそれは終わっている。
 しかし、私にとっての朝は正しく、たった

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まな板

まな板

 今、私の目の前には二人の男女が歩いている。
若い二人だが、見たところ恋人同士というわけではなさそうだ。

 夜の0時、練馬の駅前には自宅に帰りたくないと駄々をこねているサラリーマンで溢れていた。まだまだ賑やかだ。

 「俺、まな板持ってないのさ」
 「うん」

 前を歩く二人の会話に耳を傾ける。

 「まな板、要らないんだよね」
 「うん」

 何なのだろうこの会話は。それに

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見える

見える

 またろくでもない事が始まった。

 窓の外の喧騒を聞きながら、私は今日もそんな事を思う。昨日も、その前も、一か月前もずっとずっと、私をめぐる世界はどうかしている。
 私には人には話せないある秘密があった。それは「妖怪が見える」というものだった。

 隠しているのは心苦しいのだが、頭がおかしい奴だと思われたくなくて初めに言いそびれた結果、今になっても両親にすらそれを打ち明けられずにいる。
 私が住

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