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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#心理学

香山のエンディング「冥界」

 明は私の薬物依存を放っておけないと言ってついてきた。監視によって薬が絶たれた私は、一貴山への道中何度か幻覚を見て、その度に明に助けられて、胸を打たれた。宅に着いても明は涙を止めるのにしばらくの時間を要したし、私は彼が予想に反して自分への思い入れを深くしていたことを知り、彼に寄り添う気持ちがなかったのは自分自身であったことを思い知った。初めて体験する明の涕泣でショックから立ち直れなかった。私達二人

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明の10「茜さす 帰路照らされど…」(26)

 貫一の狙いを見透かした私は、裏をかくためにお宮の同伴という貫一の要求を無視することにした。ハチロクの中に、お宮と残っていた。私は一人、博多口付近で、二人の出現を待つ貫一を見つけ、iPhoneを介して香山と会話をさせる手はずである。香山は筑紫口のロータリーにハチロクを停車し、私からの電話を待っている。
 動悸と眩暈を感じ、私は心底貫一との対面を望み、同時にそれを否定していることを認めた。再び筑紫口

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明の11「シドと白昼夢」(27)

 今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、

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明の13「正しい街」(30)

 私は変わらず緑を見ていた。この色に何らかの変化が起こるのを、佇んで待っていたのだ。鏡の中でも雨は降った。相変わらず、強弱に定まりがなかった。次第に私は鬱屈を覚えだした。こらえきれず気をそらそうと手のひらを見れば、それはサイコロでできていた。私の側には、一の赤い点が向いている。裏返してみると、それもすべて赤い点だった。どうも二層構造らしい。手を振ってみると、簡単に崩れてサイコロがぽろぽろと落ちて行

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香山の38「カーネル・パニックⅩⅡ」(56)

 他人の渦にからめとられること……字面だけ見れば情けない。しかし十分に健康の域にあることは、成熟したお前であれば承知であろう。同様に俺はこの冷酷が、一般性の名を掲げながらゆらめく重力によって屈折される様を見ながら、これでよかろう、と思った。自分はこの人間社会に属している一要素に過ぎない、という自覚が堕落した幸福を育んでいった。最初はこの堕落を恥じた。ところがやがて堕落は、自分は一人ではない、という

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香山の42「カーネル・パニックⅩⅥ」(60)

 彼の話を聞いた私は、彼も自分に嘘をついている可能性を考えた。つまり彼の、自分はもとより狂人ではなかったという主張が嘘である、ということだ。これは検証のしようがないことだが、彼は実際に狂っていて、他人へ共感を覚えず、罪悪を知らぬ人間だったという過去を、現在のこの一点から見直して、彼の内面世界において狂気の構造を作り変えることで改変を図り、自分の成熟を補助しているのかもしれなかった。
 ……己を殺す

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香山の43「ジュテーム?Ⅰ」(61)

 Kの仕事を終えた私は、報酬を得て電車の座席に座り、揺られるつり革に目をやった。太陽が沈み、車窓に映るのは私の姿だけだった。首を傾け、無気力を露わにしていた。視線は虚ろだが、眠いわけではない。
 神は許してくれるだろうか?……信仰せずとも懺悔するのが日本人の性だ。かくて責任を転嫁する術はた抱きしめてくれる存在を探しているのであった。
 耐え切ることができない。神は人を殺めてまで利得にしがみつく愚者

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香山の44「ジュテーム?Ⅱ」(62)

 車を降りて、空を見て、そして海を見た。漣が緩やかな音楽を奏で、時折大きな波の声がした。波の声は殺意を持っているように思えた。急にしゃがみ込みたくなったのでそうすると、嗚咽した。「怖いよ、俺は怖いよ……」
 入水せねばならないと考えて、戦慄していた。内にある恐怖が言葉になることを許されて発されたのだ。
 暗がりに目が慣れ、周りの草原の形が鮮明になってきた。夜の海には漁船の発する光がのろのろと動いて

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中崎の1「モルヒネ」(63)

「中崎さんですか?」
「そうだが」
「僕です、香山です」
「ああ! 香山さんでしたか! これはこれは失礼を……はて、いかがなされましたかな」
「実は、会ってお話しがしたいのです。可能でしょうか」
「来週の水曜日の夜なんかいかがでしょう」
「水曜日ですか。予定を見てみますが―僕は大丈夫です」
「でしたら、その日に会いましょう。中州のAビルで落ち合いましょう」
 終始重たい声で話す香山を前に、笑いをこ

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明のエンディング「海」

 目の前には、椅子に縛り付けられた二つの死体があった。中崎と、薬物売買で生計を立てる女だった。二人とも顔をナイフで切り刻んで、身元は分からないようにしてあった。本来なら、顔に傷をつける真似はしない。依頼主に対象を殺したことを示すことができないからだ。
 爪をはがされた二人は錯乱を経て、香山に薬物を売りつけ、投与していたことを白状した。その時点で激昂した私は、衝迫に任せて彼らを殺したのだ。
 冷静に

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