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2.2.1 東南アジアの風土と人々 世界史の教科書を最初から最後まで

1. オリエントと地中海世界
1-1. 古代オリエント世界

1-1-1. オリエント
1-1-2. シュメール
1-1-3. メソポタミアの統一と周辺地域の動向
1-1-4. エジプトの統一国家
1-1-5. 東地中海の諸民族①フェニキア人・アラム人
1-1-6. 東地中海の諸民族②ヘブライ人
1-1-7. 古代オリエントの統一
1-1-8. パルティアとササン朝の興亡

1-2. ギリシア世界
1-2-1. 地中海世界の風土と人々
1-2-2. エーゲ文明
1-2-3. ポリスの形成と発展
1-2-4. 市民と奴隷
1-2-5. スパルタ
1-2-6. 民主政への歩み
1-2-7. ペルシア戦争とアテネ民主政
1-2-8. ポリスの変容
1-2-9. ヘレニズム時代
1-2-10. ギリシアの生活と文化

1-3. ローマ世界
1-3-1. ローマ共和政
1-3-2. 地中海征服とその影響
1-3-3. 内乱の一世紀
1-3-4. ローマ帝国
1-3-5. 3世紀の危機
1-3-6. 西ローマ帝国の滅亡
1-3-7. キリスト教の成立
1-3-8. 迫害から国教化へ

2. アジア・アメリカの古代文明
2-1. インドの古典文明
2-1-1. インドの風土と人々
2-1-2. インド文明の形成
2-1-3. アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動
2-1-4. 都市国家の成長と新しい宗教の展開
2-1-5. 統一国家の成立
2-1-6. クシャーナ朝と大乗仏教
2-1-7. インド古典文化の黄金期
2-1-8. 南インドとインド洋交易
2-2. 東南アジアの諸文明
2-2-1. 東南アジアの風土と人々

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「東南アジア」という世界の"舞台設定"を確認していこう。

東南アジアは、東アジアと南アジアの間に位置するエリアを指す。

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出典:鶴見良行『マングローブの沼地で―東南アジア島嶼文化論』朝日新聞社、1984年、7-8頁



さらに細かく見れば、ユーラシア大陸の部分は東南アジアの「大陸部」、島々の部分は東南アジアの「諸島部」と呼ばれる。

この広大なエリアに、マレー人や太平洋の島々に分布するオーストロネシア語族ベトナム人やカンボジア人などのオーストロアジア語族、それにビルマ人やタイ人などのシナ・チベット語族といった民族が分布しているよ。


大陸部では、ユーラシアの大山脈から流れ出たいくつかの大河が海に注ぐ。大量の土砂が河口に運ばれると、広大な三角州(デルタ)が形成される。湿った土地は、稲の栽培にもってこいだ。

河口の港町は、商品の産地や取引先の別の港との結びつきを強め、やがてそれらを束ねる”海の国”(港市国家)が出現することになる。
現在は観光スポットとなっている、各地の「水上マーケット」には、当時の面影を残しているところがあるかもしれないよ。


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一方、諸島部でも、規模は小さいながらも山地から海に川が注いでいる。
河口の港町から島々に交易路が張り巡らされ、さまざまな民族が移動を繰り返す舞台となった。

火山が多いことも特徴で、火山灰が降り積もった土地は肥沃で農業に適している。



気候的には、年中雨が降る地域や、雨季と乾季がくっきり分かれる気候(サバナ気候)のどちらか。
東南アジアではナツメグ、クローブ、シナモンといった他地域ではみられない、熱帯特有の香辛料(スパイス)や香料が分布する。


そういうわけで、古くからインドや中国の商人にとって東南アジアは魅力的なエリアだったのだ。
外部と接する機会の多い東南アジアの支配者たちは、その時々に応じて、外部から導入した神様や文化を積極的に導入し、多くの人を納得させ従わせようとしてきた。
人や物の移動が激しいからこそ、東南アジアにはさまざまな民族や文化が折り重なり、積み重なっていったわけなんだ。


その影響は現在の東南アジアでも、あちらこちらに見られるよ。

例えばタイでは、地域の精霊をまつる祠(ほこら)がある一方で、インドからもたらされた上座仏教も信仰されているね。

また、インドネシアではイスラーム教が広く信仰されているけれども、国のシンボルはヒンドゥー教の神様であるガルーダだ。


シンガポールの公用語は英語だけど、住民の多くは中国系で、インド系やマレー系の人たちも暮らしている。

「どうしてそうなっているのか?」
―どれも歴史をひもといていかなければわからないことばかりだね。
まずは古代の東南アジアから順番に確認していこう。

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊