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2.1.4 都市国家の成長と新しい宗教の展開 世界史の教科書を最初から最後まで

アーリヤ人がインダス川・ガンジス川に移動・定住し、農業を中心とする社会を形成していくにつれ、商業も盛んとなり、富が一部の人間たちに集中。
こうして前6世紀頃(今から2600年ほど前)になると、城壁を持つ都市を支配する国家組織が出現するようになった。

とくにコーサラ国マガダ国が有名。
武力で台頭した武士階層(クシャトリヤ)や、商業で成功した商人階層(ヴァイシャ)の中には、司祭階層(バラモン)が権威をおよぼす社会の仕組みに不満を持つ者も現れるようになった。

その代表が、王族(クシャトリヤ)出身のガウタマ=シッダールタさんだ。

ガウタマさんは、バラモンがお祭りや儀式に動物をいけにえとして捧げることや、難しいだけではわけのわからない神話や呪文、人を身分によって差別するヴァルナ制に疑問を持ち、みずからセレブな暮らしを捨て、修行に励んだ。
その結果、人間にとって大切なことは「バラモンの儀式」によってではなく、「心の内面の悩みを解くこと」だという結果に至った。

ガウタマは言う。

「その鍵は、人間が陥りがちな「迷い」(まちがった考え)をなくし、この世の「真実」を得ることにあります。」

「「輪廻転生(りんねてんしょう)」(人間の魂は、生前の行為によって影響を受け、また次の生、そのまた次の生...というように永遠に繰り返される)という考えは間違いです。なぜなら、「自分の魂」「本当の自分」などというのは存在しないからです。」

「この世界は、すべて生じては変化し、やがて滅していく諸現象・諸存在によって成り立っており、無常です。別れた人、亡くなった人のことを思い悩んでもしかたない。「真実」を認識することが大切なのです。」


ネガティブのようでいて、ポジティブ。
きわめて合理的な考え方だよね。



都市国家どうしの戦争が激化し、多くの人が理不尽に亡くなる世の中だったころこそ、こういう「内面の悩み」を解決してくれるような考え方が必要とされたのだろう。
なお、ガウタマさんは、「真理に目覚めた人」ということで「ブッダ」(仏陀)という尊称で呼ばれることが多い。


ブッダと同じ時期に、やはりバラモンを批判する立場から新しい考え方を唱えた方がいる。
ヴァルダマーナさんだ。


ヴァルダマーナさんは、バラモンのように一方的な「真理」を押し付けるのではなく、さまざまな視点から物事を判断することが大切だと考えた。

「決まりを守って生活すれば、迷いは必ず解けます。「生きものを傷つけないこと(アヒンサー、不殺生(ふせっしょう))。嘘をつかないこと。盗まないこと。性的行為をいっさいしないこと。何ものも所有しないこと」。この5つの決まりを守りましょう。」

生き物を傷つけないというのは、バラモンが家畜をいけにえにささげていることに対する批判だね。現在でもジャイナ教のお寺に行くと、傷ついた動物を保護する施設が併設されていることが多いよ。
苦しい修行(苦行)が必要だとした点では、ガウタマさんの仏教とは違った考え方だね。


このようにバラモン教に対するツッコミが強まると、バラモン教側でも「改革」の必要性が叫ばれるようになった。
複雑な儀式をただただ執り行なえばいいというわけではなく、「内面的な思索」が重要だという話になったんだ。彼らウパニシャッド哲学者たちは、今までなんの疑問もなく唱えてきた『ヴェータ』の呪文の奥底にこそ、この世の「真理」が隠されているんだと主張したんだ。ウパニシャッドというのは奥義(おうぎ)という意味。自分という存在の本質(アートマン)を突き詰めていくと、宇宙そのもの(ブラフマン)と一致する。自分の本質を見定め、宇宙の真理を自分の内面の中に探すことで、「迷い」から解き放たれるんだと主張した。「自分という本質」が「有る」と主張した点で、「無い」と主張したガウタマさんの仏教とは対立する考え方だ。
まあ、難しいよね。これは頭で理解してわかるものでもないからね。

バラモン教の中には、従来の神に加え、地域ごとに信仰されているシヴァヴィシュヌといった神様を、重要な神様の中にプラスし始めていった。そうすることで信者の取り込みを図ろうとしたわけだね。日本でいえば、仏教が神社の神様をとりこんでいったのと似ているね。

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊