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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#サッカー

パラレル・ユニフォーム

 おりこうにしていると予定より早く世間に出られることになった。久しぶりに歩く街はまるで未来社会のように感じられる。世の中の動きにすっかり乗り遅れてしまったようである。おじさんがサッカーの試合につれていってくれた。今は2021年だった。

チャカチャンチャンチャン♪

「えっ? なんでオリンピックなの? 奇数年なのに」
「黙ってみんかい」
「なんでなんでちゃんと説明してよ」
「何もわかっとらんようだ

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PKフォー・ザ・ディナー

 立て続けに2人が失敗してPK戦は不穏な空気に包まれた。
 芝はめくれシューズは脱げ選手は転倒して気分が悪くなった。
「ボールを変えてくれ」
 とりあえず変えられるものはボールくらいのものだった。
 それでも流れは変わらなかった。気づけば10人も連続で外していた。蹴れば蹴るほどボールは大きく枠を越えて明後日の方向に飛んでいく。

「俺たちは悪くない」
 なぜならみんなプロ中のプロであるから。
 失

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フェイク・エース

 出るところは出る。引っ込むところは引っ込んでいる。それが理想のライフスタイルだ。スタメンには確かに俺の名があったが、試合中の俺は家で眠っていた。それでいて、スタジアムで観戦する人々の目にははっきりと俺の勇姿が映っていたことだろう。俺はテクノロジーが生んだまったく新しいフットボーラーだ。
 夢の中で俺はハットトリックを決めたが、現実もその通りに進んでいる。表彰式が始まる頃、俺の体はスタジアムに飛ん

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ワイルドカード

「まずは安全性に拘る専門的な声を小耳に挟み、最大限に規模を縮小するように努力した結果、多くの関係者の方々に望まれ催される平和の祭典は、1つの米粒の中に収めることができました。こうなってしまえば、見過ごすことも見て見ぬ振りをすることも容易で、いざとなれば呑み込んでしまえばいいんじゃないでしょうか。安心かどうかはそれぞれの心の問題です。いずれにしろ私から個別に説明することは差し控えたい。あとはもう神に

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神の子供

 振り返る余裕もなく歴史の本が没収された。教科書、小説、マンガ、新書、note……。不要不急の学習はすべて悪と改められた。
「今することですか?」(何に必要ですか)
 必要としつこく言ってきたのは誰だったのか。
「今は徹底待機です」

 ドアを突き破って狼が乱入してきた。4人1組になって防御の陣を敷く。訓練通りだ。ターゲットを定めることができず、獣は右往左往する。続いて笛を吹いて不快なメロディーを

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モダン・ジャッジ(無意識のさばき)

モダン・ジャッジ(無意識のさばき)

「記憶にない……」
 確かにそれは私の声であるようだ。しかし、はっきりとそんなことを言ったという記憶はない。だとすればそれは無意識の内に現れた声と言うことができる。当然、そこには意図はない。意味もなければ狙いもない。含みもない。野心もない。悪意もなければ命令もない。興味もない。予定もない。感覚もなければ強制もない。情熱もない。詩情もない。記録もなければ確証もない。自覚もない。資格もない。義理もなけ

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キックオフ前説

キックオフ前説

 みんなが試合開始を待っている。
 私が笛を吹けば待ちに待った試合が始まる。
 しかし、私は軽い気持ちで笛を吹くことはできない。
 私はもはや石ではない。より責任ある審判として言うべきことは言う。

「諸君! 準備は整ったか?」
 VARは大丈夫か。何かが起きてからでは遅い。何事も備えあれば憂いなしなのだ。備えというものは、何かが動き出してからでは手遅れだ。芝は美しく整っているか。線審は旗を持った

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夏の占い天気予報

夏の占い天気予報

 今日は午前中からところにより雨が降るでしょう。また、一日を通して夏らしい気の抜けない展開になるでしょう。
 午前中からの雨はすぐに上がり雲一つない青空が広がるでしょう。この機会に洗濯をと考える人が多くいることでしょう。しかし、しあわせは長くは続きません。南から湿った空気が夏前線に乗って流れてくると、急速に発達した雨雲がTシャツ上空に集合して、まとまった雨を降らせるでしょう。それを見て通りを歩いて

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リモート・コーチング(離れていても)

リモート・コーチング(離れていても)

 宇宙戦争の影響を受けすべての公式戦が延期された。
(3ヶ月ボールに触れなければ、技術は1年後退する。)
 それがこの世界の常識だった。しかし、自分だけ焦ってもどうにもならない。
 家に閉じこもった僕のところに、毎日のように練習メニューの書かれたメールが入った。今はできることをできる範囲でするしかない。

 僕はキッチンに立った。肉じゃがを作り、カレーを作り、ハンバーグを作った。パエリア、ペペロン

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ヒール・サッカー(ニッポン・ブルー)

ヒール・サッカー(ニッポン・ブルー)

 ニッポンがサッカー王国と呼ばれるようになってから数十年。久しぶりにテレビをつけるとたまたまサッカー中継をしていた。母国リーグだ。見慣れないユニフォーム以上に驚いたのは荒れたピッチだった。フェアプレー精神とはもはや死語になったのだろうか。

「おっとこれはいけませんよ。邪魔をしたディフェンスをボコボコにしています。これはカードが出そうです」
 実況の予想に反してカードは出ず、主犯格の8番に注意が与

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監督は不届き者

監督は不届き者

 3日前には「全く考えていない」と言っていた。だから、俺は安心し切っていた。センター・フォワードとしての起用は約束されていたはずだったからだ。
 信頼は結果的には裏切られた。前日になって突然、考え始めたとでも言うのだろうか。俺は落選を通告された。ベンチどころか完全にメンバー外(構想外)となったのである。

(もっと指導者をみる目を養わなければならない)

 考えてみれば、監督の言葉はいつも芝居がか

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