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ヒール・サッカー(ニッポン・ブルー)

 ニッポンがサッカー王国と呼ばれるようになってから数十年。久しぶりにテレビをつけるとたまたまサッカー中継をしていた。母国リーグだ。見慣れないユニフォーム以上に驚いたのは荒れたピッチだった。フェアプレー精神とはもはや死語になったのだろうか。

「おっとこれはいけませんよ。邪魔をしたディフェンスをボコボコにしています。これはカードが出そうです」
 実況の予想に反してカードは出ず、主犯格の8番に注意が与えられた。今日の主審は相当甘いようだ。
 激しい攻防を繰り広げていた右サイドの二人が突然足を止めた。いかにも怪しい動き。
「これは違法薬物の売買ですか」
「かなり悪質なプレーですね」
 すかさず笛が鳴ってプレーが止まる。主審はサイドに駆け寄って胸に手を入れる。

「これはカードが出ますよ」
 二人は手を合わせて謝っている。主審が首を振る。一人にイエローカードが提示された。もう一人はポケットから札を出して主審に渡している。うんうんと頷きながら主審は懐から紙切れを出して何かを書き込んだ。
「領収証でしょうか」
 副審が旗を上げる。しかしプレーは既に止まっていて影響はないようだ。
「罰金で済ませましたね。主審の裁量を信じましょう」
 主審はワールドカップで笛を吹いた経験もあるベテランだ。

 緑の10番は鋭いドリブル突破が持ち味。重心低く次々と芝を削りながら突き進む。ディフェンスが寄せてきても動じない。後ろからシャツを引っ張られても、そのまま相手選手を引きずりながら突進した。たまらず飛び出してきたキーパーの脇をかすめてゴールネットを揺らした。
「ゴール! ゴール! ゴール!」
 感情を爆発させるようにフェンスを飛び越えた。いつの間にかシャツを脱ぎスマホを手にしている。

「おっとこれはいけません。大変まずいですよ」
 審判が耳に手を当て通信を傍受している。それから指を前に突き出すと空気中に食パンの形を描いた。
「VARで確認しますね。確認してすぐに戻ってきます。もうカードを出してますよ」
「不倫一発レッドですね」
 事の重大さに気づいた男は上半身裸のままピッチ上で土下座している。謝っても金銭を手渡しても、主審は決して態度を曲げない。世間の目がある中で不正なジャッジは許されるものではない。

「退場です。ゴールも取り消されました」
「もったいない。しかし仕方がありません」
「プレーと関係のないところで誠に残念ですね」
「しばらく戻ってこれないでしょう」
 追加処分がまもなく発表された。
 3年間の出場停止だ。


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