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キックオフ前説

 みんなが試合開始を待っている。
 私が笛を吹けば待ちに待った試合が始まる。
 しかし、私は軽い気持ちで笛を吹くことはできない。
 私はもはや石ではない。より責任ある審判として言うべきことは言う。

「諸君! 準備は整ったか?」
 VARは大丈夫か。何かが起きてからでは遅い。何事も備えあれば憂いなしなのだ。備えというものは、何かが動き出してからでは手遅れだ。芝は美しく整っているか。線審は旗を持ったか。怪我を隠して立っている選手はいないか。お菓子を持ち込んでいる不良はいないか。スパイクの選択に抜かりはないか。ユニフォームは破れていないか。私はチェックシートを正しく持っているか。みんな元気か。野心を秘めた選手はいるか。

(何となくゲームに入ろうとしていないか)

 動き出した時計は止まらない。準備を整えてこそ、すべては上手く運んでいくのだ。今ここにある待ちわびる時間こそがかけがえのないものであったと、多くの者があとで気づくことがあるだろう。

 大切なことは何度でも言わねばならない。
「諸君! 準備は整ったかね」

(ボールとゴールがあればそれでいい)
 私はそういうゲームにしてほしくはないのだ。

 みんな先の風景は見えているだろうか。
 みせかけだけの円陣がとけて分解していくチームを、方向性を失って壊れていくゲームを、幾度目にしたことだろうか。そのすべてが私の笛から始まっていた。
 だから、私はこうして今を引き留めている。

(今にみてろよ)

 そう。その野心がここには必要だ。
 動き出した今は止められないぞ。今はどんどん今でなくなっていく。今を引き留めることができるのは、今しかないのだ。逸る気持ちを抑えることも私の大切な役割だ。

「諸君!」
 戦術はインプットされているか。
 選手の顔と名前は一致しているか。
 水はたっぷり撒かれたか。
 プロットは定まっているか。
 テーマは深まっているか。
 魂は燃えているか。


 そんじゃあ、ここで

「キックオフ!」



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