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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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2021年5月の記事一覧

神の子供

 振り返る余裕もなく歴史の本が没収された。教科書、小説、マンガ、新書、note……。不要不急の学習はすべて悪と改められた。
「今することですか?」(何に必要ですか)
 必要としつこく言ってきたのは誰だったのか。
「今は徹底待機です」

 ドアを突き破って狼が乱入してきた。4人1組になって防御の陣を敷く。訓練通りだ。ターゲットを定めることができず、獣は右往左往する。続いて笛を吹いて不快なメロディーを

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底辺の贈り物

底辺の贈り物

「お待たせしました。上げ底定食でございます」
「おー! すごいボリューム感だ!」
「あなた、食べれるの?」
「いやどうだろうか」
「まずは写真ね」
「おー、そうだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「ごちそうさん」
「案外大丈夫だったみたいね」
「ああ、見応えもあったし」
「写真映えもしたし」
「ダイエットも継続できた!」
「それが何より大事ね」
「勿論だ。ぜびシェフに会って直接お礼を」

チャカ

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ネームバリュー・サーバー

「魔法みたいな水だね」
「いいえ。名前の力よ」
 オレンジ、パイナップル、アップル、ストロベリー。
 欲しいものの名前を書いてからスイッチを入れるだけ。
 あとはサーバーの中の水がシェイクされて、数秒後にはその名の通りのジュースが完成する。この世に存在するものの名ならば、できないものはない。夢のような製品と言えた。

「あんず」
「何それ?」
 飲めばわかる。(書けばわかる)
 できあがったあんず

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戦争と大運動会

戦争と大運動会

「危ない!」

 コーチの声に振り返るとミサイルがすぐ傍まで迫っていた。私は反射的に身をよじって直撃を避けた。まさに間一髪だった。普通の人間ならば間違いなく助からなかった。ミサイルは駐車場に着弾して炎上するとすぐに多くの野次馬を集めた。

「流石だな」

 ずっとタッグを組んで戦ってきたコーチが私の肩を叩いた。
 ホテルのドアが開き私たちは無事にチェックインを済ますことができた。どうせならばメダル

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運営会議

「腕を組んで考えようじゃないか」
「腕を組むってことは腕に腕を絡ませることだ」
「肘に角度をつけるってことだろう」
「プライバシーを保つってことだろ」
「腕の中で思索を深めるってことだ」
「猫をライオンに見せるってことか」
「子猫を見張るってことか」
「そうでしょうか?」
「そうとばかりは限らないさ!」
「限りなき問いだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「私たちにはバリエーションがある」
「豊富

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初心

「そんなお菓子みたいな文鎮で最後まで書き切ることができるかな。石ならばともかく……」
 風は小馬鹿にしたように吹いた。
 たかがそよ風くらいのことと私は甘く見ていた。3文字目まで書き終えたところ波は強まって、あと少しというところで浚われてしまった。
 もう1つ……。
 私は文鎮をもう1つ加えて書くことにした。

「そんなお菓子みたいなものいくつ重ねても無駄さ」

 またしても風は小馬鹿にしたように

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ゴールデン・ゴール

 監督が最後のカードを切ると俺がピッチに登場する。その時、スタジアムは一気にハイボルテージに達する。皆が待ち望んだ時間がついに訪れたのだ。この時のために磨き込んでおいたとっておきの跨ぎを見せてやる。

「ここで会ったが百年目」
「おいでなすったか。千両役者が」
「見るがよい」
 俺は2度、3度ボールを跨いで見せる。これに対して飛び込もうものなら、たちまちファールの反則だ。わかっていても奪いにくるこ

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帰れコール・ソング

帰れコール・ソング

緊急事態! 緊急事態!

本日は閉店なり

どなた様もお入りになれません

一般人もど偉い人も マスクを着用してください

 私たちは臨時に結成された緊急パトロール隊だ。私たちの任務は、不要不急でありながら街に出てはぶらぶらとほっつき歩いたり、いつまでも夜の街に留まってはふらふらと彷徨っているような者たちに、厳しく声をかけまわって一刻も早く家に帰すことだ。普通に言って駄目ならばもっともっと早口で言

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潜入手袋

「爪を隠してらっしゃるんで?」
「いえいえ、私はドライバーだから」
「本当ですかい」
 鴉は楊枝をくわえながら言った。
 テレビからガソリンの匂いがして私はせき込んだ。若手俳優が主演の刑事ドラマだ。

「大丈夫ですか?」
 心配するような疑うような目。鴉は水を入れてくれた。
「ああ、ちょっと寝不足で」
「本当は車なんて……」
 本当の私を知ってどうするのだ。

 そうとも。私は鴉を撃退するために招

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ワン・モア・スプライト

ワン・モア・スプライト

「マスター、ビール」
「そういったのはちょっと……」

「ビアー」
「いやー」

「ビアーァア♪」
「今やってないんですよ」

「スーパードライを」
「ないです」

「スッパードゥラゥアーイ♪」
「申し訳ないです」

「じゃあ一番搾りでいいよ」
「ないよ」
「えっ? 麒麟は来てないの?」
「もう終わってますよ」
「じゃあもういいよ。モルツくれる」
「お客さんもしつこいね。あんた潜入じゃないの?」

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スペシャル・ブレンド

スペシャル・ブレンド

「お待たせいたしました」

 コーヒーカップは持て余すほどに大きかった。それに取っ手が見当たらない! コーヒーらしい香りもしなかったし、黒というより薄い茶色に近かった。中を見るとイカ、タコ、エビ、キャベツ、ナルト、人参、葱、玉子などが入っていてなかなか具だくさんだ。こ、これは、チャンポンじゃないか……。

「ちょっと」
 私は通りかかった店員を呼び止めた。
「これ、合ってます?」
「はい。何か?」

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ある夕暮れの翼

「俺だってさ、あんな翼がありゃ好きなように飛べたさ。何も恐れることなく高みを目指しただろうな。あいつらよりもよほど上手くやったろうさ。俺だってできるんだ。考え事なら山ほどあらーな。欲しいものだけ1つもないがな。俺だってさ……」

 子供たちは時折、珍しいものを見るように、青年のとりとめもない愚痴に目を向けた。けれども、近づいて耳を傾けようとする者はいなかった。

「俺だってさ、あんなものがありゃ何

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俺たちのチキラ

俺たちのチキラ

 季節に逆らうようにかえってくる冷たい風に、ミリタリーシャツが張りついていた。泣くほどに寒い夜には、仲間とテーブルを囲まなければ耐えられない。行くところと言えば、だいたいいつも決まっている。俺たちの街、愛するものは何も変わらない。

「いらっしゃいませ!
 ラスト・オーダーになります」

 俺たちは案内も待たずに勝手に好きな席に着く。

「チキラ」
「俺も」
「同じで」
「俺もチキラ」
「一緒で」

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逆算プロフェッショナル

逆算プロフェッショナル

「私なんかはプロですから、朝7時に起きよう思ったら前の晩から目覚まし時計セットしときまんねん」
「ほう。普通ですな」
「まあ鳴りよりへんかったけどな」
「電池切れかいな。逆算が足らんのんちゃうか」

「でもまあそこは体が緊張して起きよる。眠りが浅いねん」
「私もプロやからね、カップ麺作るぞーとなったらお湯を注ぐ3分前に逆算してお湯沸かしまんねん」
「何分前でもよろしいわ。3分待ったらしまいや。私な

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