心には重力がある

　心には重力がある。

　常に私達の胸を締め付け、ふとした時にこの世界を真っ暗にしてしまうような、どうしようもなく重たい重力が、私達の真ん中には備わっている。

　意図して、毎日事あるごとに丁寧にケアをして、胸に刺さっている棘を抜いて傷口を覆ってあげることを繰り返さなければ、私達の心はいつのまにか歪み始めてしまう。

　その努力を怠れば、あるときある瞬間に、私達の心は音を立てて崩れ去ってしまう。胸の内に現れた黒い渦は、私達を一瞬にして暗闇のどこかへと連れ去っていく。

　一度その渦に飲み込まれてしまえば、私達にはもうどうすることも出来ない。何気ない日常の中に、誰も気が付かないようなひっそりとした物陰に、その黒い渦は潜んでいる。

　私達が消耗していることを察知すると、私達が一人でいるときを狙って、そいつは襲い掛かってくる。

　私達の心は難しい。

　まるで展開された高次式のように、私達が何か不安に駆られたり葛藤を抱えたりしているときは、頭が一杯一杯になってしまう。

　しかし、簡単な掛け算に因数分解してあげると、案外私達は些細な物事の掛け合わせで頭を悩ませていることが多い。

　それに、何か大きな傷がきっかけで憂鬱な毎日を送っているとしても、私達は失っていたものは後から取り返しに行くことが出来る。

　思っているよりも、私達の人生は長い。

　大きな喪失を経験しても、そこで失っていたものは後から取り返せる。傷を負ったとしても、その傷は癒すことが出来る。

　焦らなければ、大抵のことは上手くいく。『こうでなければならない』という強迫観念を捨てれば、無駄な不幸を減らすことが出来る。

　私達は心身の健康を保つだけで、こんなにも大変なのだ。思っているよりも、心身健康というものは、維持することが難しいのだ。

　楽しく生きていきたい。
　せっかく生まれてきたのだから。

　胸の内に潜んでいる真っ黒な渦を巻いている重力と、私達は戦い続けなければならない。