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雑文ラジオポトフ

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今田の雑文です。
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#創作

前のほう無料であとは有料で

前のほう無料であとは有料で

シリーズ・現代川柳と短文 029
(写真でラジオポトフ川柳117)

 レジ袋無料、と書いてある。それがサービスなのかいつものことなのかはわからない。店員が会計済の赤いかごにカニを入れた。そこは海産物に力を入れているスーパーのようで、かごにはすでにマグロの刺身やイクラも。そういえばみんな赤い。カニは茹でればもっとあざやかな赤色になるが、彼じしんは甲殻類アレルギーだ。マグロやイクラを食べながら話をす

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赤ちゃんがはじめて空をさわる日に

赤ちゃんがはじめて空をさわる日に

シリーズ・現代川柳と短文 028
(写真でラジオポトフ川柳116)

 病院に近い叔母の家の二階で妹用のベビーベッドを組み立てている。これから生まれてくる妹はわたしより4歳下になる。つまりわたしは4歳。じっさい組み立てているのは父親で、わたしはその横で説明書の図を見ている。母親は出産のため入院していてそこにはいない。わたしは図を指差してここはこうじゃないかここはああじゃないかとなにか言っている。繰

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ここからはダークホースが話します

ここからはダークホースが話します

シリーズ・現代川柳と短文 027
(写真でラジオポトフ川柳115)

 昼間のファミレス。四人掛けのボックス席は先ほどから株の配当の話題で持ちきりだった。「ことしから急にくれるようになったのよ」「退職したからでしょ」「ほら、あの社長、若い、浅黒い人。なんとか崎とかいう」「へえ」店の出入口に最も近い席に座っている女は相づちを打つばかりで、自分からは話題を切り出さない。その女の前にだけケーキがある。ひ

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四角くてバレンタインはおもしろい

四角くてバレンタインはおもしろい

シリーズ・現代川柳と短文 025
(写真でラジオポトフ川柳113)

 その日彼がチョコレートを買ったのは「食べたいから」だった。もちろんバレンタインデーという風習のことは知っていた。知っていたからこそ躊躇したのだった。バレンタインとは無関係にチョコレートを買うこと。それは、クリスマスとは無関係にくつ下を買うことや、節分とは無関係に豆を買うことや、こどもの日とは無関係に鯉をモチーフとした風にたなび

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挑戦者 雲の名前を言いなさい

挑戦者 雲の名前を言いなさい

シリーズ・現代川柳と短文 024
(写真でラジオポトフ川柳112)

 むかし遊んだゲームに「雲のかたちを自由自在に変えられる老人」というキャラクターがいた。不思議な力でもなんでもなく、ある雲のかたちを「あれは〇〇だ」と強引に決めつけるのが基本のスタイルだった。派生して、先にどんなかたちにしてほしいかリクエストを募ってから、雲のかたちが(老人の力とは関係なく)時間経過で自然に変化していくのに併せ、

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銃弾がないからいちご貸してくれ

銃弾がないからいちご貸してくれ

シリーズ・現代川柳と短文 023
(写真でラジオポトフ川柳111)

 いちご味のお菓子は好きだが、いちごじたいは得意ではない。はっきり言おう。フルーツ全般が苦手だ。フレッシュすぎると言えばいいのか、「まぶしさに押し負けて疲れる」ような感覚がある。その点ドライフルーツはいい。濃縮された甘み。朝、口にドライフルーツを放り込み、冷えた水をごくごく飲む。ドライだったフルーツが胃の中でフレッシュなそれに戻

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これシールになってるんだよ夢だから

これシールになってるんだよ夢だから

シリーズ・現代川柳と短文 014
(写真でラジオポトフ川柳102)

 郵便局のレターパックには保管用追跡番号シールというものがついている。送る際にそれをはがして手元に保管しておくと、番号を検索して配送状況が追跡確認できるという便利なサービスなのだが、この「手元に保管」にの保管場所にいつも悩む。とりあえず財布の内側に貼ってみたことがある。財布を開けるたびそれが目に入るのだ。よしよし、配送されている

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呪われしほうじ茶飲んでほっとする

呪われしほうじ茶飲んでほっとする

シリーズ・現代川柳と短文 017
(写真でラジオポトフ川柳105)

 緑茶も紅茶も烏龍茶も原料はどれも同じ茶葉。それを知ったときはまず「嘘だ」と思った。かき氷の話のシロップはどの種類も同じ味。それを知ったときもまず「嘘だ」と思った。犬はどの種類も生物学的には同じ一種類だし、そばとうどんと刀削麺は原料も製法もまったく同じで見る人の健康状態によってちがう種類に見えている。それらの話を知ったり作ったり

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鍵盤の上をかえるが跳ねる音

鍵盤の上をかえるが跳ねる音

シリーズ・現代川柳と短文 016
(写真でラジオポトフ川柳104)

 知人の着ている服について「ピアノの鍵盤にかかってる赤い布みたいな素材だね」と言ったり思ったりした記憶が何度かある。特定のひとりの特定の一着に対してではなく、だいたい5年に1度くらいのペースでそういう服を着た人と交流することがあるのだ。比喩表現だと「水晶玉の下に敷いてある小さい座布団みたいだ」というのも何度か使った覚えがあるが、

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ギターだなきのう木だったのになのに

ギターだなきのう木だったのになのに

シリーズ・現代川柳と短文 015
(写真でラジオポトフ川柳103)

 ある映画にギターの穴の内側から外を撮ったシーンがあった。そう見せていただけでじっさいに内側にカメラを入れてはいないと思う。映画は作りものの世界だからそれでいい。というか、そうでないといけないとも言える。「そう見えればいい」という思想はリアルを追求しつつどこかの時点で放棄することだ。その放棄のタイミングの妙に人は胸打たれる。時代

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こどもには見えない豆腐くださいな

こどもには見えない豆腐くださいな

シリーズ・現代川柳と短文 012
(写真でラジオポトフ川柳100)

 豆腐が「豆富」と書かれているのを見ると追い出された「腐」に想いを馳せてしまう。似たような例にサンマルクカフェの「チョコクロ」がある。もとそこにあったはずの「ワッサン」はどこに行ってしまったのか。そういえば「レート」もなくなっている。使われなかったワッサンとレートは海浜の埋め立て地のゴミ捨て場に山と積まれており、それを知る者たち

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メリットはデメリットだしヒグマだし

メリットはデメリットだしヒグマだし

シリーズ・現代川柳と短文 004
(写真でラジオポトフ川柳092)

 パンダとクマのちがいが思い出せない。見た目は似ているがぜんぜん別物。そう聞いたことがある気がする。シマウマとウマもそうだし、ホッキョクグマとクマもそんな感じだった………気がするが、やはり思い出せない。正直なところ、前段の《見た目は似ているが》という部分も怪しい。写真で見るとけっこうちがうな、と思ったことがある気もするのだが、い

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その名札かっこいいうえうどんだね

その名札かっこいいうえうどんだね

シリーズ・現代川柳と短文 003
(写真でラジオポトフ川柳091)

 業種はさまざまだが、ごくたまに、そこで働いている店員の名札に、その店のおすすめ商品が載っていることがある。たいていは「わたしのイチオシです!」的な文言とともに。かつて、あるコンビニチェーンの店員の名札にケーキの名前が書いてあったのを覚えている。ちょうどクリスマスの時期で、たとえば《ブッシュ・ド・ノエル》、たとえば《いちごのショ

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100円のかっこいいねこのスカート

100円のかっこいいねこのスカート

シリーズ・現代川柳と短文 002
(写真でラジオポトフ川柳090)

 100円ショップで思い出すのはシティボーイズの2001年のコントだ。電柱にきたろうといとうせいこうが登っている。きたろう演じるデザイナーは、自分がデザインした皿が100円ショップで売られていたことを悲哀たっぷりに語る。コントはその「悲哀」という漠然とした概念を、言葉を使わずに浮き彫りにして、静かに終わっていく。傑作だが説明がむ

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