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皆様の災害関連投稿をまとめています。 情報を集約する事で、今後の役に立てたら。
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#エッセイ

地震

地震

ここ数日、各地で地震が相次いでいる。地震が起こるたびに怖いという感情と共に、全ての偶然が重なりあって私たちは生かされているという感情を持つ。

地震は地球が生きている証拠。普段は地球に住んでいるという意識さえ持たずに過ごしている。もちろん地球の裏側の人のことを想像することもほとんどなければ、宇宙の中の銀河系の一部だなどと少しも思わない。

しかし、現実は生きている地球の上に私たちは存在していて、そ

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結論はまたいつか

結論はまたいつか

7年前の今日

鉄道の関連会社に勤め、職場の近くに住んでいた私はしばらく会社に待機していた。鉄道が動く目処がついて会社をでると駅前のタクシー乗場の行列に並ぶ友人を見つけた。
不安で泣きそうな彼女に缶コーヒーを渡して、近所にすむ共通の友人が来るまで話をした。

家に帰ると炊飯器が床に落ちて壊れていた。その日は金曜日で、翌日はラジオやネットで、何が起きているのかを知ろうと必死だった。ラジオで中西哲生さ

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何でもない日が一番大事

毎年この日になると思う事がある。
東日本大震災が私たちに教えたことはただひとつ。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日、普通の日、何でもない日が一番大事で一番幸せなんだって事。
あの日、目の前で家族を失い心傷つき、目前の家が流され、汚染され、未だふるさとに帰れない、そんな人たちがまだたくさんいる。
私たちはあの日あの時、それまで飽食の限りを尽くし、買い物に溺れ消費し続け、物を溜め込んできた事のむなしさを

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3.11 あの日、僕らは旅立った

3.11 あの日、僕らは旅立った

忘れもしない、7年前の今日。

男鹿半島という小さな海岸沿いの村で暮らしていた、無垢で能天気な中学三年生だった私は卒業を迎えようとしていた。

当時の私は客観的に見ても恵まれている人間だったと思う。学年成績1位でバスケ部のキャプテン、そして彼氏は野球部のエース。

高校は秋田でトップの進学校へ入学が決まっていて、先生からも後輩からも、そしてもちろん同級生からも頼られ慕われていた。誰がどう見ても「リ

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大切な人と喧嘩別れしてはいけない

大切な人と喧嘩別れしてはいけない

もうすぐ東日本大震災から7年ですね。

あの災害で心に残っているのは、ある取引先の方の言葉です。

その方はある分野のスペシャリストで、まもなく定年退職し、その後は日本と海外を行き来して過ごす予定でいらっしゃいました。
立場のある方なのに、当時新入社員に毛が生えた程度だった私にも丁寧に接してくださり、仕事の質も高く、同じ女性として憧れる存在でした。

久しぶりにお会いして震災の話になった時、いつも

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頑張れという言葉の重さ

頑張れという言葉の重さ

東日本大震災が起きてから、明日で7年経つ。多くの人たちの命日でもある。

震災のことを書いてみようかと思って書いては消してを何日か繰り返してるけど、ありきたりな言葉ばかりが並び、全然気持ちがまとまらない。
当たり前だけど、そんな簡単にまとめていいような出来事ではなかった。

毎年3月に入ると、思い出したかのように震災のことを毎日テレビで放送し始める。
昔は震災特集を見たり、話を聞いても泣くまで

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一度訪れただけでは何も知れなかったけれど、また行きたくなる場所だった、気仙沼旅行の話

一度訪れただけでは何も知れなかったけれど、また行きたくなる場所だった、気仙沼旅行の話

宮城県気仙沼市に、震災復興のボランティアに定期的に通っている友達がいる。その子が春休みを使って、気仙沼に長くいるというので、私も1泊2日で合流して、とっても充実していたし、お腹も満たされたという話。

私は仙台出身だけど、震災にかかわるボランティアや何かに関わったことは今までなくて、海沿いの「被災地」と呼ばれる地域に行くのは初めてだった。

震災当時は、私の住んでいる地域は、山沿いで被害は少なかっ

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