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つかつくり

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「動物園・水族館以外」の旅と小冒険、あるいは消えていったものに対する追憶を扱った記事をまとめました。生家の納屋で、阿佐ヶ谷のダイニングバーで、ホーチミンの街角で。これらの記事に綴…
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記事一覧

「なんでも聞いてみるんですけど」

「なんでも聞いてみるんですけど」

「なんでも聞いてみるんですけど」

富山に仕事の関係で滞在していた頃、同僚がよく使っていたことば。

方言の一種らしい。もっと訛りの強い人は、「なんでも聞いてみんがですけど」とも言う。

人に何かを尋ねるのって、いつだって難しい。

ついずけずけとした言い方になってしまったり、変に気を付けてみても慇懃無礼に受け取られたり(わたしは慇懃無礼だと叱られることがとても多い!)。

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2019/03/16 富山県南砺市 雪の利賀芸術公園

2019/03/16 富山県南砺市 雪の利賀芸術公園

富山駅前を出発した送迎バスは小雪が降るなか曲がりくねった険しい山道をゆっくりと進んでいった。

 この日私は、劇作家の鈴木忠志さんが主催する劇団「SCOT」の稽古風景を見学する機会を得て南砺市の旧利賀村に向かっていた。

 鈴木忠志という劇作家のことは、戦後文化史上の一幕に登場する人物だという認識があった。早稲田小劇場を率いて寺山修司や唐十郎らとともに前衛演劇運動の最前線を盛り上げ、以後は富山

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【小説】デザートヘアリースコーピオン(後編)

【小説】デザートヘアリースコーピオン(後編)

※この物語はフィクションです。実在の人物・事件・団体・場所等とは一切関係がございません。

 「蠍座」をテーマに綴った小説、後編です。前編とはだいぶ違った展開になったし、これまで私が綴ってきた文章ともかなり違ったトーンであると自覚していますが、書いていてとても楽しかったです。

【小説】デザートヘアリースコーピオン(前編)

【小説】デザートヘアリースコーピオン(前編)

※この物語はフィクションです。実在の人物・事件・団体・場所等とは一切関係がございません。

 「蠍座」をテーマに物語を書こうとしたら、夏っぽいジュブナイルになりました。まず前編ということでアップしますが、後編は場面と舞台が変わり、だいぶ毛色が違う物語になりそうです。

ところで、私も蠍座生まれです。の、割に、あまり動物園でサソリを意識して観てこなかった気がします。物語を綴りながら、サソリの飼育展示

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「ぼくは言わない」なんて、言わせてもらえなかったけれど #8月31日の夜に

「ぼくは言わない」なんて、言わせてもらえなかったけれど #8月31日の夜に

 いつもと違う8月。ぬるりと炭酸の抜けたソーダのような時間が流れていって、9月を迎えようとしています。

 どこにも行かず、誰にも会わないでいると、こころは過去へ過去へと向かっていくんですね。穴ぼこを掘るように、忘れていた昔のできごとをふっと思い出しては考え込む日もありました。

 自分の中ではもうとっくに整理をつけたはずだった記憶。でも見えない返し針が引っかかっていて、こころに刺さったまま抜けな

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アサガヤ、アサガエリ。

アサガヤ、アサガエリ。

 「たなばたさま」のメロディが流れる中、急な階段を下りて改札を出た。さっきまで乗っていた黄色い電車が高架を駆ける轟音を遠く聞きながら、西友の横を通り過ぎ、神明宮を抜けて、住宅街の細い路地を歩いていく。しばらくすると、ネオンサインで彩られた仄かな灯りが見えてくる。

 あの夏に入り浸っていたダイニング・バーの光景を、僕は今でも思い出すことがある。薄いピンク色の、ぼうっとした照明。壁際に並んだ年代物の

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2014/03/03〜06 ホーチミンシティ/港市ミトー

2014/03/03〜06 ホーチミンシティ/港市ミトー



そうか、もうあの旅からもずいぶん経つんだな。

 はじめに思い出すのは青っぽいパクチーの香りとこんがりしたパンの香り。ベトナムはもともとフランス領だったからか、マーケットにはたくさんのフランスパンが売られていた。街を歩けばそこここの屋台で「バイン・ミー」と呼ばれるフランスパンのサンドイッチが売られている。パクチーがいっぱい入ってるやつ。とびきり美味しかった。

ベンタイン市場

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【雑記】あいみょん「生きていたんだよな」(2016)と、西宮と、ある欠落と

【雑記】あいみょん「生きていたんだよな」(2016)と、西宮と、ある欠落と

2019年末に集中的に取り組んだ「消滅した動物園を巡る旅」の中で、とりわけ鮮烈な印象を残したのは兵庫県西宮市の2施設だった。「ららぽーと甲子園」と「リゾ鳴尾浜」――2003年に閉園した遊園地・動物園「甲子園阪神パーク」を語り継ぐモニュメントと剥製が、それぞれの場所に遺されている。

リゾ鳴尾浜で、甲子園阪神パークの珍獣として人為的に生み出されたレオポンの最後のひとり、「ジョニー」の剥製

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【雑記】「だるまおばけの宮殿」

【雑記】「だるまおばけの宮殿」

 生家の裏庭には古い納屋があった。物心ついたばかりの頃にひとりで生家の敷地を探検した時、その納屋にも気付いた。

 木の重い引き戸をがらがらと押す。未就学児の力では少しずつしか開かない。納屋の入り口ではどんな作業に使うのか分からない祖父母の農具に蜘蛛の巣が張っている。

 中は暗かった。裸電球がひとつ心もとなくぶら下がっている。

 背伸びしてスイッチをひねった。橙色に照らされた納屋の奥の箪笥に、

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ようやっと気温が下がってきた夏の夜はわたしをロマンチストにする。公園のベンチで横になる。霞んだ夜空を見る。虫が騒ぐ。流れ星が街灯りで見えないのには辟易したけれど、この公園には深夜にベンチで横たわるのを許す度量がある。