マガジンのカバー画像

書評

26
仏露文学メイン。
運営しているクリエイター

#人生

梅雨税散文 ‐ 『カフカはなぜ自殺しなかったのか』頭木弘樹

梅雨税散文 ‐ 『カフカはなぜ自殺しなかったのか』頭木弘樹

死にたかった人の、本を読む。
死のうとした人の、歌を聴く。
死ねない自分の、言い訳を探すために。

「どうですか、気分は」
「最悪ですね。」

これはわたしの診察室での定番のやりとりである。梅雨で、これから海外に住んでいたときの税務処理に手を付けなければならないのだから気分が最悪なのは当然であるが、まあ何度病院を変えても、わたしはいつもこんな感じである。今まで様々な病名がついた。双極性障害にうつ、

もっとみる
散文日記 - 『動物・気違い・死』J・P・ペーテル

散文日記 - 『動物・気違い・死』J・P・ペーテル

昔住んだ駅で人身事故。
夕暮れが綺麗な駅だった。

どの辺かな。
ホームかな。
わたしがあの駅で死ぬなら、八王子側の、夕日が一番綺麗に見えるあそこを選ぶ。少し細くなっている、遠くの山が微かに見えるホームの先の、白い柵を跨ぐ。夕暮れ時には黄色になる、あの剥げた柵を。

立ち入り禁止。生きているのなら。

どんなひとだったかな。
疲れていたかな。それとも、ずっと前から決めていたのかな。
遺書、書いたか

もっとみる
逃亡

逃亡

今の職場に就職したとき、先輩が病院内を案内してくれたときの言葉が忘れられない。
そのフロアは片側が産婦人科、もう片側が内科系の一般病棟と血液内科だった。

「Here, people are born here. And the other side, people are dying there. It's our whole life. Haha!」

ニコニコしている先輩を見ながら、あぁこの

もっとみる
ゴロヴリョフ家の人々「оспода Головлёвы」 【シチェドリン書評】

ゴロヴリョフ家の人々「оспода Головлёвы」 【シチェドリン書評】

シチェドリンは19世紀後半のロシア、つまりドストエフスキーなどと同時代の風刺作家である。

そもそもシチェドリンという作家を私は知らなかった。光文社古典新訳文庫のZOOM配信で、ロシア語訳者の高橋和之さんが話題に上げており惹かれるまま購入。

本書「ゴロヴリョフ家の人々( оспода Головлёвы)」は1875年に書かれたシチェドリン唯一の長編小説。ロシアの農奴制度の崩壊とともに没落する貴

もっとみる
現代では、いかにも起こりそうな単純な物語が最も異様な話とされている【ゴーチェ「オニュフリユス」書評】

現代では、いかにも起こりそうな単純な物語が最も異様な話とされている【ゴーチェ「オニュフリユス」書評】

19世紀フランスの作家、ゴーチェをご存知だろうか。

数年前、ネルヴァルに関する著書を、(日本語に訳されたものは)おそらく端から端まで読んだ。哀れなネルヴァルの人生には親しき、心優しい友人テオフィル・ゴーチェ(通称テオ)の存在が目立つ。

その年に、ゴーチェの『若きフランスたち』(井村実名子訳)を読んだ。いかにもフランス文学らしい、饒舌で、だけども厭らしくない、大変美しい文章を書く人だなあと思った

もっとみる