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作品集

46
ちょっと長めの作品を置いておきます。
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記事一覧

否定するしかないこと

 実際の誰かの人生をフィクションにしてしまうことには、いつも抵抗があった。私自身の経験や、見てきたものをもとに小説を書くことは抵抗がなかったが、実際に存在した誰かの日記をもとに、その人の人生を一から別の物語にするのは、思いつくことすらないほどに、私自身の中で「やってはいけないこと」のひとつだった。

 私は何度も「あの人のことは別にそんな大切に思っていなかった」と言った。実際そう思っていた。今だっ

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甘えん坊④

 人間関係というのはいつも微妙なもので、くだらないラブコメディみたいに、四六時中互いに発情し合っているわけではない。
 好きだと思うときもあれば、なんだかどうでもいいような気持ちになっている時もある。恋愛ゲームみたいに、好感度が変動するのは行動によってのみで、その内部で設定された好感度通りに人が動く、というようなことは一切ない。
 人間の心は不安定なもので、嫌いだったはずの人がいつの間にか好きにな

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甘えん坊③

 女は男に媚びるもの、みたいな考えを持っている人は今でも少なくないと思う。テレビに出てくる女性にもそういう感じの人はたくさんいるし、ドラマや映画、アニメといった俗っぽい創作娯楽の中でも、ほとんどの女性はそういうものとして描かれている。
 でも彼女には、媚びるようなところが一切なく、かといって、媚びる女を嫌う子供特有の何にでも噛みつくような余裕のなさも感じられなかった。
 失礼な想像かもしれないが、

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甘えん坊②

 人間関係に不器用であるというのは当人にとっては大問題のように思えるが、周りの人間がからすると大した問題ではなく、悪い場合でも「少しめんどくさい」程度の欠点でしかない。
 場合によっては、その不器用さが何らかの長所として映ることもあるらしい。人間関係を器用にこなすことのできる人がそのように感じることも少なくない。人は遺伝子的に自分とは遠い人間を好むらしいから、もしかすると、自分が当たり前のようにで

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甘えん坊①

 甘やかされて育った。

 俺は母と血が繋がっていなかった。母は子供を作ることができない体であったらしく、父はどうしても自分の子供が欲しかった。
 どのようにして俺が生まれて、俺の血縁上の母親が今どこで生きているのかは、俺は知らない。父にそのことを聞こうと思ったことは何度かあったが、なんとなく気遣って一度も聞けなかった。

 俺は自分が母と血が繋がっていないことは、かなり早い段階で父から聞かされて

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李花①

 高校二年になってすぐのことだった。その日は少し体調が優れなくて、三限目の途中に、先生に言って保健室で休むことにした。
 頭痛がひどかった。こういう日は少し、昔のことを思い出してしまう。自分が犯した過ちとその反省。思い出していくと、必然的に「これからどのように生きるのか」という問いが浮かび上がってくる。今日この日、私はちゃんと決め直す。私は私、浅川理知として、その名と運命に相応しい態度、判断、行動

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「こうすればもう無駄にする人生もないだろう?」

「こうすればもう無駄にする人生もないだろう?」

 最愛の息子だった。それだけ本当だった。私がここで書くことの全てが嘘だったとしても、それだけは本当だった。

 死のうと思ったけれど、死ぬ前に私にはやるべきことが残っている。私がしてしまったことを、全て告白するのだ。全ての罪と後悔を、ここに記しておかなければならない。
 そうすればあの子が私を許してくれる、とは思わない。そうすれば、あの世であの子に

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弱い者イジメの正当性②(頓挫)

本編2 誰かをイジメるうえで忘れてはならないのは「イジメられそうな子」や「悪目立ちしている子」に狙いをつけてはいけない、ということだ。「気持ち悪い子」や「性格の悪い子」もダメだ。教師たちは、そういう子たちに対して「イジメられそうな子」という偏見を持っているから、もしそういうことがあったらすぐにバレるのだ。なぜそんなことが分かるのかと問われれば、色んな本を読んでそうなんじゃないかと思ったのもそうだし

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弱いものイジメの正当性①

それを書く理由は

 攻撃性についての物語を書こうと思う。攻撃性。自分でもこれについてはよく分からない。昔からあったような気もするし、ずっと抑え込んできたような気もしている。早い段階で、自分にこれがあることには気づいていたし、気づいたうえで、コントロールできているつもりだった。
 私は誰かを傷つけたいと思っているけれど、誰かが傷ついているのを見るのは嫌だった。自分のやったことが、何かひどいことを引

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ふつう②

「よお真鍋!」
「声でけぇよカス」
「まぁまぁ、この動画見てくれよ。めっちゃ面白くね?」
「ん? あぁそれか。俺も昨日見たわ」
「どこで一番笑った?」
「○○が叫びながらぶっとんでくところだな」
「やっぱそこだよな! マジで○○おもろい。めっちゃ好きだわ」
「おはよう真鍋。粕谷」
「おは、根城」
「おお根城! お前もこの動画見た?」
「見てない。どれ?」
「○○のチャンネルの最新のやつなんだけど、

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ふつう【青春もの】

「なぁお前も告れよ」
 高校一年の秋。クラスメイトの佐々木亜紀は俺以外の男子生徒十七名(不登校のやつがひとりいて、そいつを除く)にすでに告白されていた。それは「モテている」というより馬鹿な男子高校生の「告白ブーム」のせいだった。なんでも「高校生の間に一度も誰かに告白しないなんて、もったいない」とのことだった。どうせ断られるのも明確で、そういう練習、経験をしておいて損はない、というのが彼らの理屈だっ

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自分より少し弱い人間【短編】

 私の中学時代の男友達に、イジメっ子がいる。器用なやつで、頭もよく、勉強もできて、運動も得意。あるガリベンの眼鏡君を標的にして、毎日のように嫌がらせしていた。馬鹿な取り巻きがラインを超えそうなときはしっかり諫めるし、時々ご飯を奢ったりすることによって、単なる悪ふざけであることを、その眼鏡君自身や周囲にアピールもしていた。
 悪いやつではない、と私は感じていた。いやもちろん、性格は悪いし、自分のスト

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欲望を満たすだけでは

 久々に会った友達が、彼氏の自慢話をしてきた。お金持ちで、欲しいものはなんでも買ってもらえるし、時間さえあえば、行きたいところにどこでも連れて行ってもらえるらしい。冬期休暇には台湾旅行をすることを約束しているとのこと。
 一瞬「冬休みまで交際が続けば、ね」という皮肉が頭に浮かんで、嫌な気持ちになった。まるで嫉妬しているみたいじゃないか、それじゃ。冷静に考えると、どちらかと言えば、久々に会った友人に

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泣きながら食べたコンビニの焼き鳥

 私は普段買い食いをしない人間だった。高校に入ってから、このままじゃ進級できないと言われて、意味もなく落ち込んでいた時、帰り道のコンビニによって、何か食べようと思った。何か食べて、元気を出そうと思った。このまま高校に通い続けることなんてできるはずないのだから、いっそのこと諦めてしまえ。今の私ならそんな彼女にそうアドバイスするが、当時の私は「もしかしたら急に元気が出てきて、自分の気持ちも変わって、ま

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