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映画『零落』を観た話。 #映画感想文

たまに「人間失格」を無性に読みたくなる時がある。

幸い今の時代は、たった二百八十円で文庫本が手に入れられる。何ならネットでは無料で読むことすらできてしまう。一体なぜそんなに無性に読みたくなるのか。それは何というかうまい言葉で説明ができないのだが「心がザラザラしたくなる」。

忙しいが故に日常で荒波を立てたくない。取り敢えず生活をスムーズに進めるために穏やかさをキープしようとする自分を、わざとメチャクチャに荒れさせたいというか、深い思考の海に浸っていたい時間があるのだ。

映画『零落(テアトル系全国映画館で公開中)』。「ソラニン」「デッドデッドデーモンズデデデデストラクション」などの著作で知られる漫画家・浅野いにおの作品を、主演・斎藤工、監督・竹中直人という布陣で映画化した作品。

主人公の漫画家・深澤(演:斎藤工)は8年も続いた長期連載が終了し、出版社ではすっかりオワコン扱い。編集者であり妻(演:MEGUMI)とも上手くいかず、アシスタントとも。若い売れっ子漫画家を見下し、酷評し、一方の自分は次作への気力も湧かずとにかく堕落した生活を過ごす。風俗通いに浸りつつあったある時、深澤は猫のような目をした風俗嬢・ちふゆ(演:趣里)に出会う・・・。


内容はもうまさに。漫画家版人間失格って感じで。
2時間ひたすら主人公に光明が差さなかった。

落とし穴に嵌ってしまう、というよりは、底なし沼に体重を感じながらゆっくり沈んでいってしまう。人生のリアルな沈み方を追体験しているような気分になって、下手なホラー作品より怖かったかも。

打ち上げの挨拶で全員スマホを弄ってたり、編集者が無視し出したり、過剰なヨイショが鼻についたり、とにかく露骨なまでに深澤をオワコン扱いする。深澤自身、編集者やアシスタントらには高圧的な態度で接していたため「自業自得」とも取れるのだが、人気と鮮度がモノを言う漫画業界の現実だと思えば笑ってもいられない。

「そりゃこんだけ性格拗らせるわ」って
最後には深澤を憐れみの目で見てしまった。

あと何と言ってもキャラクターの精度が高い。「デデデデ」など浅野いにお先生の作品を読んだことがあるのだが、とにかくこの映画は浅野流キャラクターを再現するのがすげえ上手いんだ。特にちふゆ役。浅野作品によく出てくる「異様に細くて幼児体型にも見える不思議な女の子」にガッチリハマってて、思わず前のめりになって見つめてしまった。

深澤は何一つ満たされない生活の反動で、ちふゆにのめり込んでいく。2人の関係に少しの恋の匂いは漂うものの、深澤はそこに不思議と一歩線を引いているようで、強引に迫ったりちふゆを困らせたりはしなかった。

妻や編集者や漫画に関わる人間とはまるで違う澄んだ態度でちふゆと接する深澤。その違いこそが、彼の漫画に対するスタンスそのものであり、「漫画のためならそれ以外は無に等しい」と言うような狂気がほんのり伝わってきて、絵も言われぬほど残酷だった。

こんなこと、考えれば考えるほど心がザラザラしてきて、でもそんなザラザラした心も悪くないなと思う。人間のリアルな感情が心に迫りすぎて息が詰まりそうになった、そんなレイトショーだった。


P. S. 個人的には、ちふゆさんが
俺が昔もの凄く好きだった女の子にすごく似ていて
なんか余計に心がザラザラしました。
今、どこで何してるんだろうな。



おしまい。



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