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あの夏に手を離した君は今も元気ですか

私が29歳の頃、5つ下の彼がいた。

とある夏祭りの日、私は繋いだ彼の手を思い切り振り払った。彼は私が振り払おうとするのを嫌がり、ぎゅっと握り続けた。それを、無我夢中で私は振り払った。

彼の抱える問題が多すぎて、温室育ちの私にはとても抱えきれなかったのだ。

それでも、あの日あの時。私が手を振り払わなかったら、彼とはどうなっていただろうか。

結婚して一緒になり、子供ができただろうか。それとも。

整備士業の彼は、私より手取り収入が少なく、おまけに持病が原因で毎月1万円以上の薬代が必要だった。

さらに、契約社員の弟が生活費を借金しており、兄である彼が生活費を工面していた。この話を聞いて、私はさらに将来が不安になった。いったい、彼にはどのくらいお金が残るのだろうかと。

悶々とした不安を抱えるなか、私は彼に誘われて彼の実家に遊びに行ったことがある。

彼の実家は古く、決して裕福とは言えそうにない。それでも、家族はみな笑顔で幸せそうに暮らしていた。彼はこんな悩んでいるのに、なぜそんなに笑っていられるのかとイライラした。

彼の家族は、彼が金銭面で苦労していることは、おそらく知らない様子だ。彼も親に迷惑をかけまいと言えないのだろう。

さらに、彼がパチンコで年間100万円負けていることが発覚した日もあった。

「お金がないのに、なぜそんなことを」というと、やりきれないような顔で「お金が必要だから」とため息をついた。

まさに、貧困は貧困を呼ぶ。お金に困る現実が、彼をより貧困へと向かわせていたのだろう。

私の母にも何度かあわせた事があるが、彼を見るなり怪訝な態度。おそらく、気に入らないのだろうとすぐにわかった。

「彼は大人しいし、優しいのにどうして」と言うと「服が毎日同じ、髪も自分で切ってそうな髪型。あと、整備士。お金ないよね。ないわ」とバッサリ。

おまけに母は、彼に「あなた、そんな給料で生活やっていけると思ってるの?」と真顔で迫ったこともある。

当時は「なんて酷いことを言うのか」と驚いたが、今となっては母なりに私を心配したのだろう。

私にも、何度も「あのね、結婚は生活だから。それに、島国で生活してきたような人と、転勤族であちこち住んできたあなたとは根本的に合わないの。田舎は閉鎖的だから、きっと息がつまる」と、何度も説得しようとしてきた。

うちは物凄く裕福とは言えないものの、父は大手企業勤務で地元では高級住宅街と呼ばれるところに家も構えている。一方、彼は島国育ちの青年。育ちが合わないと縁談は上手くいかないとは、まさにこのことである。

彼の貧困、結婚後の不安、親の反対など、全ての悩みが押し寄せ、私はパニックになった。

愛はお金では買えないというし、男性はハートだなんて意見もあるか、お金がないと精神は不安定になる。彼との将来を考えると、とてもじゃないけと私には無理。

いろんな思いが募った日、私は夏祭りのなか彼の手を振りほどいた。

周囲には仲睦まじいカップルが溢れ、大輪の花が咲く花火、よさこい踊り子の眩しい笑顔。全ての美しい景色が疎ましく、なぜ私たちはこんな思いで花火を見なければならないのかと思うと泣けてきた。


彼は低収入でも、記念日には無理をしてご馳走してくれた。プレゼントが携帯ストラップだなんてこともあったけど、それはそれで嬉しかった。

「うちに挨拶に来ない?」とはじめて言ってくれたのも彼だ。そう、彼はお金は確かになかったけど大切にはしてくれた人。でも、お金がなかったのだ。

たとえ彼の手を離しても、すぐに彼のような男性は現れると思っていた。

彼のように大事にしてくれて、ちゃんとお金を稼いできてくれる男性。そして、家族に足を引っ張る人がいない男性。結局、今の夫と巡り合うまでに7年もかかった。

彼との別れから数年後、ある占い師から「もっと彼を大事にして欲しかった。彼は若いからお金がないだけです。何でそんな酷いことをしたのですか!」と、何も言わずとも叱られたことがある。

今でも、この言葉がずっと胸の奥に引っかかっている。

貧困という理由で手を払った私は、冷たい人間なのかもしれない。一緒に手を取り合って、お互い頑張ろうといえる女性であれば、もっと違う人生だったかもしれない。

人生は、選択と後悔の連続だ。でも、あの日のことを後悔しても仕方ない。

あの日あの時、私が手を振り払ったのも運命かもしれない。今ある運命を大切にして、これからは今の夫と前を向いて行きたいと思う。

#cakesコンテスト2020

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