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無謀な暴走が招いた虚構の経済圏~安達宏昭「大東亜共栄圏:帝国日本のアジア支配構想」(中公新書)
著者は日本近現代史を専門とする歴史学者で、現在は東北大学大学院文学研究科教授。これは、20世紀前半の大日本帝国がアジア・太平洋戦争(15年戦争とも言われる)という帝国主義的侵略行為の中で、どういう「経済戦略・構想」を抱きその実現に失敗したかを、戦争・侵略による暴力・加害行為ではなく専ら「経済的側面」から解明した労作である。豊富な史資料の提示と丁寧な検証で、当時の帝国日本とアジア諸国の状況を冷静に振
もっとみる我々は言語で思考する。「中動態」的思考の復権に向けて~國分功一郎「中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) 」(医学書院)
これは先日読んだ「<悪の凡庸さ>を問い直す」など複数の著作の中でこの「中動態」という概念とこの著作のことが出てきたので、「これは読んでみなければ」と私も読んでみたもの。非常に面白く示唆に富んだ優れた論考だった。著者は哲学者で現在東京大学大学院教授だが、この著作は医学書院の「シリーズ ケアをひらく」の一環として出版されている。あとがきによると、そもそもこの著作執筆のきっかけが著者の前作「暇と退屈の倫
もっとみる「凡庸なる悪」などではなかったアドルフ・アイヒマン~ベッティーナ・シュタングネト(香月恵理訳)「エルサレム〈以前〉のアイヒマン:大量殺戮者の平穏な生活」(みすず書房)
これは先日読んだ「〈悪の凡庸さ〉を問い直す」でさかんに引用・言及されていた著作で、私も興味が出て読んでみた。しかし何しろ注釈含めれば600ページを超える大著の研究書であり質・量共にずっしりと重い論考なので、10日程かけてじっくり読んだ。と言うか、本著と「格闘」した。ああしんど!! であった。
著者は1966年生まれのドイツの哲学者で、カントと根源悪についての研究が博士論文。この労作のタイトルは勿
植民地支配の記憶をどう承認・継承するか~大嶋えり子「旧植民地を記憶する:フランス政府による〈アルジェリアの記憶〉の承認をめぐる政治 」(吉田書店)
著者は現在慶應義塾大学経済学部准教授で、専門はフランス政治~特に移民、ポスト・コロニアル問題など。これは著者の早稲田大学大学院での博士論文を加筆修正の上で出版されたもの。この研究者のことはSNS上でたまたま知ったが、この研究成果は私の日頃の関心領域にまさに「ドンピシャ」だったので、非常に興味深く読んだ。そして大変いい勉強になった。
アルジェリアは1830年から1962年独立までの約130年間フラ
ある在日コリアン作家とその家族の貴重な「ファミリーヒストリー」~「密航のち洗濯:ときどき作家」(宋恵媛・望月優大:文・田川基成:写真)
先日発刊されたばかりの本著を、非常に深い感慨と共に読み終えた。これは在日朝鮮人文学研究者の宋恵媛氏・ライターの望月優大氏・写真家の田川基成氏三人の協働による第一級の「ファミリーヒストリー」と言っていいだろう。
在日コリアン作家:尹紫遠(ユン・ジャウォン)とその小説「38度線」のことは前に翻訳家:斎藤真理子さんのウェブ連載で知ったが、1911年と日本の植民地支配が始まってすぐの頃に生まれたこの人は私
一人の在日コリアン言論人の軌跡と思索の変遷:新しい普遍性へ~「徐京植:回想と対話」(高文研:早尾貴紀・李杏理・戸邊秀明編)
これは昨年12月に72歳で急逝した徐京植氏が長年教えて来た東京経済大学を定年退官するにあたり、同僚研究者たちが編んだもの。氏の最終講義・シンポジウム・座談会・対談など豊富な内容で、徐氏以外の論者による「徐京植評論」も様々含めている。
1951年生まれと私より10歳ほど上の徐氏だが、私は1990代後半~2000年代初頭にかけての主に歴史認識問題、特に従軍慰安婦問題に関する論考・論争を読んで以降は、最
今こそ読むべきイスラエルの実態とユダヤ人の未来~シルヴァン・シペル『イスラエルvs.ユダヤ人:中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業 』
この10月7日のパレスチナ組織ハマースによるイスラエル奇襲以来続く、同国によるパレスチナ人大量虐殺の中、昨年翻訳版が日本でも出たこの著作は、イスラエルという国の実態と世界のユダヤ人たちのそれへの態度・対応を考えるのに、非常に参考になる良著であった。
著者はユダヤ系フランス人で、仏大手紙「ル・モンド」の記者としてNY特派員・国際報道部副部長・副編集長などを歴任後、現在はフリージャーナリスト。また、若
東西両地域の比較対照で見えてくる様々な課題~「植民地化・脱植民地化の比較史:フランス‐アルジェリアと日本‐朝鮮関係を中心に」
これは2015年から始められた、日本(在日コリアン含む)・韓国・フランス・アルジェリアの様々な専門分野の研究者が集い学際的共同研究を行ってきた成果をまとめたものである。比較研究という意味ではまだまだ志半ばといったところなんだろうが、現時点で優秀な研究者たちの論考をまとめた著作を読めるのは、私のような研究者でもない一般人にも非常にありがたい。ここでの計11名による論考についてその全てに言及するのは私
もっとみる歴史学の進化発展を踏まえながら歴史総合をどう考え教えるか~「世界史の考え方:シリーズ 歴史総合を学ぶ①」
これは、2022年4月から日本の高校教育に「歴史総合」という科目が加わり、日本史・世界史という区分けをせずに18世紀以降の近現代史を総合的に学ぶ~という流れを受けて企画された著作。編者の成田龍一氏は近現代日本史を専門とするこの国を代表する歴史学者の一人で、現在は日本女子大学名葉教授。小川幸司氏は長年世界史教育に携わってきた教諭で「岩波講座:世界歴史」の編集委員でもある。現在は長野県蘇南高校校長。こ
もっとみる日本の植民地統治の実相とは何だったのか?~加藤圭木『紙に描いた「日の丸」:足下から見る朝鮮支配』(岩波書店)
昨年11月に出た研究書。著者は一橋大学大学院社会学研究科准教授で専門分野は朝鮮近現代史・日朝関係史。加藤氏のことは今年に入って初めて知ったが、これも非常に学ぶところの多かった論考。この著作の大きな特徴は、日本が北朝鮮と未だ国交がない中、主に朝鮮半島北部における日本の植民地支配期の「統治の実相」を、いくつかの拠点を定点調査することで描き出したことである。日本の歴史研究者は、韓国の研究者とはそれなりの
もっとみる集合的記憶が持つ意味について~林志弦(イム・ジヒョン)「犠牲者意識ナショナリズム:国境を超える「記憶」の戦争」
なかなかに論争を呼びそうな著作でもあり、長大かつ重厚な論考なので読み通すにもかなりの時間とエネルギーを要した。そして様々に考えさせられると同時に学ぶところも多い著作だった。著者は現在、韓国・西江(ソガン)大学教授で同大学トランスナショナル人文学研究所長。ポーランドのワルシャワなどでも学び、戦争や植民地支配などでの加害者・被害者両方の歴史の「記憶」を研究・考察することを主にしている。
著者はここで