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ひみの連載ストーリー
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2021年8月の記事一覧

第52話 13歳の暴走

第52話 13歳の暴走

 診察とリハビリの会計を済ませ、建物を出て駐車場に向かう。あーあ、やっぱり今日も、ツインレイらしき男の人はいなかった。
 いっそスサナル先生がツインレイならどれほど嬉しいだろうと思ってみても、彼はこの時間はまだ部活の指導をしているはずで、間違ってもリハビリルームに現れたりすることはあり得ない。そんな奇跡が望めないことは、自分でも嫌でもわかっていた。

 車内に戻ると、機内モードを解除したあきらがい

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第51話 釼

第51話 釼

(つるぎ)

 布団の中で、微かな喉の痛みを感じる。

 ああもう、まだ一月なのに。

 くしゃみでも鼻水でもなく痛みから花粉を察知するのは、昔から喉が弱いせい。
 今年の花粉は二月の半ばからだという予報だけど、すでに憂鬱は始まってしまった。

 衛生用品をしまってある一番下の引き出しから、さっそくマスクを取り出そうとしゃがんだ時。そういえば今朝の夢の中でも同じポーズを取っていたことを思い出した。

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第50話 あきらの負けられない戦いと思わぬ余波

第50話 あきらの負けられない戦いと思わぬ余波

 校長室の大きなテーブルに、三対三で向かい合っている。
 こちら側は左から、私、あきら、スサナル先生。反対側は、スサナル先生の向かいから校長先生、体育の年配の女性教師Eと、まだ二年目の、同じく体育の女性教師。
 私たち親子がEに対して抗議を起こさねばならなかったのは、先週長野で行われた、一学年のスキー教室に由来する。

 三年前に入院してから脚力全般も弱くなったあきらは、今回のスキー合宿に先立って

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第49話 接触

第49話 接触

 後ろから「キャー」と悲鳴があがり、足音がパタパタと近くなる。
 楽器を持った女の子達のうち一人の生徒が私の横を通る時に、小さな声で「ヤマタ先生マジキモっ」と言うと、彼女たちの間に笑いが起こった。

 廊下の角へと消えていく吹部(すいぶ)の子たちの後ろ姿を見送りながら、私たちの時代にも女子から悲鳴があがるタイプの男の先生いたなぁと、なんだか懐かしく思い出す。

 その、ヤマタ先生に、「お母さん」と

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第48話 巡り合わせの必至

第48話 巡り合わせの必至

 トリガーは、あきらの筆箱が登校直前になって壊れたこと。縫製が破けて派手に穴が空いてしまったらしい。

 鉛筆、マーカー、ミリペン各種、消しゴムと練り消しとその他諸々。絵描きの筆箱はどうしたって、画材でかなりかさばってしまう。
 取り急ぎ用意できるものとして、私の切り絵の道具を入れている大きめのポーチを貸してあげることにしたが、それだって一瞬でパンパンになった。

「今日は文化祭だけなんだからもう

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第47話 ヤマタノオロチ

第47話 ヤマタノオロチ

 文化祭でスサナル先生がステージに立つと、告知の紙が貼ってある。
 昔からギターを弾いていた先生は、うまいことバンドが組める生徒が見つかった年限定で『○○andスサナルバンド』を結成するらしい。

 よく放課後にひとり学校に残って、誰もいなくなった教室でギターを弾いているという先生は、読書や映画といった趣味と合わせて「僕、それがないと死んじゃうんですよ」と言っては私のことを笑わせてくれた。

 バ

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第46話 玉依

第46話 玉依

(タマヨリ)

 夏休みはとっくに明け、九月になっていた。

 簡単なお昼を済ませて満腹でうとうとしそうになっていると、どこかに繋がりそうな気配がしたのでソファーに移って目を閉じた。

 ビジョンの私は、始まりの合図である鏑矢(かぶらや)を天高く放った。大きく放物線を描いた矢が当たった先は、玉木山の大きな杉の木。
 その大杉の頂で私を待っていたのは例の鴉天狗だった。そして、鴉天狗と私の真ん中に、い

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第45話 翳り

第45話 翳り

(かげり)

 夏の陽射しが眩しい。
早朝のうちから気温が上がるこの季節は、ベランダに出るだけで丸焼きになってしまいそうな気がする。

 光量の多さに半分目を閉じながら洗濯物を外に出す。

 ……あれ、なんかおかしい。

 明るい日の光を顔に浴びて目を瞑ると、右目の奥だけ影を感じる。
 なんだろう、左右のバランスが悪い。右の脳から目にかけてだけ、なんだか暗さを感じる。

 そういえば少し前に、ひと

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第44話 父性とあきら

第44話 父性とあきら

 あきらの誕生日には、一波乱あった。

 とある監督のアニメが好きなあきらは本当は、五万円以上するフィギュアに憧れていたのだが、さすがに誕生日だからといってそれを要求してくるようなこともなかった。
 そしてまた、あきらの趣味に付き合い二人でイベントにも行くようになった旦那が、『本物の』フィギュアをあきらにあげたいと言い出した気持ちはわからなくもなかった。

 ただ、さすがにまだ中学一年生。13歳の

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第43話 複雑な交点

第43話 複雑な交点

「ひみ、今日ひまー?どこかランチ行かない?」

 朝っぱらからけーこが電話をかけてくる。
 一人の時間をこよなく愛する私なのだけど、この人にはなぜか不思議と押し切られてしまうところがある。
 心の隅に少し面倒臭さを感じるのは、相変わらずのミカエルいじりと、それから私の話を、あまり真剣に聞いてくれないところ。

 あきらに言わせると、
「嫌なら一緒にいなきゃいいのに。」
 幼稚園や小学校低学年の時の

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第42話 着信

第42話 着信

 家の固定電話が2コール鳴って止んだ。

 その着信は昼夜を問わず、決まって私が部屋に一人きりの時にだけかかってくる。
 おそらく三〜四か月に一度くらいの頻度だろうか。結婚して家を出てからずっと、引っ越しや電話器の買い替え、また二度の電話番号の変更まで経たのにも関わらず、私しかいない時にお知らせのようにかかってきては、2コールだけ鳴ってから止んでしまう。

 ナンバー表示を契約していない我が家の着

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第41話 starlit eyes

第41話 starlit eyes

 将来の夢を、グラフィックアートで食べていきたいと設定していたあきらは、パソコン部と迷った末に美術部に籍を置いた。
 仮入部期間を終えて本入部が始まってすぐにゴールデンウィークを迎え、休み中の数日間も早速活動日に割り当てられた。

 数年前に、正門から校舎入り口までを改修した中学校の外周りはきれいに整備されていて、シマトネリコの幹の根元をぐるっと囲んだ外ベンチと、来客用の入り口横に設けられた待合ス

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第40話 スサナル先生という人

第40話 スサナル先生という人

 自分がもっと美人だったら、どれほどよかっただろう。もっとどれだけ自信を持って、スサナル先生と喋れただろう。

 ツインレイを検索するとたくさん出てくる「美人説」。残念ながら、そこに限って私に当てはまることはない。
 統計として、ツインレイは恋愛経験の多い美男美女が多いとされるけど、なんの学びのためなのか、そこは私に該当しない。多くのツインレイによく聞かれる“恋愛遍歴”などという言葉は、私にとって

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第39話 舞台装置は裏で整う

第39話 舞台装置は裏で整う

 私がこの地に引っ越してきた約十五年前、家の近くの公立中学校には、良くない噂が立っていた。
 以前は可もなく不可もなく、どこにでもある中学校だったのが、引っ越しの数年前あたりから理由もわからず荒れてきたのだという。

 近所で中学生の子を持つ人の話だと、授業が始まるチャイムが鳴ってから、廊下に溜まっている生徒を教室に入れるまでにまず相当時間が掛かるのだという。ペットボトルやタバコの吸い殻などのゴミ

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