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#日記
だからこそ生き抜く #手書きnoteを書こう
へたくそな字で申し訳ありません。でも、書かずにはいられませんでした。
※
先週末、職場の新年会がありました。体調不良でこういう場にくるのは久しぶりだったので、普段なかなか会うことのない別部署のかたと楽しく話していました。
会もまもなく終わろうという時、会場の隅がなにやらざわつきはじめました。事務局の男性の具合が悪くなっているようでした。その男性は以前、脳の重い手術から回復されたひとでした
君の心はその手に宿っている
それを探り、形にするまでにどれだけのものを抱え込んできたのだろう。
あるいは吐き出してきたのだろう。
遠ければ、それは憧れとして咲き誇り
近ければ、それは嫉妬として蝕まれる。
覚束ない声色と、少し震えた手。
決して綺羅びやかな光を纏っているわけではない。
傍から見ればあるいは輝かしいのかもしれない。
けれども僕には酷く弱々しいものに見える。
そしてその光が解き放たれないように、
他の光に飲み
言葉にならない感謝と、沢山の愛をこめて。 ♯noハン会2nd
2019年12月8日日曜日。noハン会2ndは、都内で開催された。今日で終了してから3日になる。ふとした時に、寂しさがわたしを襲う。その理由は明らかだ。
あの日、あの場所で、沢山の人と沢山の笑顔と奇跡に出会い、Twitterを開けば「♯noハン会」でこぼれ話があり、noteを開けば「♯noハン会2nd」でレポが書かれていて、それを目にするたびに、あれは夢ではなかったんだと実感する。そしてそこからの
やせっぽちのヒロイン
五歳の時に下半身まひ身体障害を負い、車いすに乗っていた私は養護学校中学部を卒業後、念願だった普通高校に進学した。
あこがれだった学生服。真新しい金ボタンに何度もふれた。
校舎にはエレベーターがなかったので、付き添いの母と共に登校した。母は普段理科準備室で待機し、教室間の移動があると私をおぶって階段を昇り降りし、あらかじめ階段下に据えておいた椅子に私を座らせた後、車いすを運んだ。
母に
Twitterをやめます。
突然ですが、タイトルのとおり、Twitterをやめようと思います。
本日急に思い立ったかのように見えるかと思いますが、実のところここ一ヶ月くらいずっとそのことを考えていました。もちろん、ファンの皆さんと気軽に交流できる場であるSNSのことは大事にしていましたし、AV女優としてデビューする際には自分に与えられた武器だと思って一生懸命に取り組んでいました。私が3周年を迎えた今こうしてメーカーや