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君の心はその手に宿っている

それを探り、形にするまでにどれだけのものを抱え込んできたのだろう。
あるいは吐き出してきたのだろう。

遠ければ、それは憧れとして咲き誇り
近ければ、それは嫉妬として蝕まれる。

覚束ない声色と、少し震えた手。

決して綺羅びやかな光を纏っているわけではない。
傍から見ればあるいは輝かしいのかもしれない。
けれども僕には酷く弱々しいものに見える。
そしてその光が解き放たれないように、
他の光に飲み込まれてしまわないように、
必死に包み、守っているように見える。

鮮やかな色で満ちていた。
なのに寂しさを感じるのは何故だろう。
一つ一つの色が混じり合うのを避けているような。
一つ一つの色が混じり合うのを望んでいるような。
この寂しさは何だろう。
そして
この湧き上がる言葉たちは一体僕のどこに潜んでいたのだろう。
表してみたくなった。
試してみたくなった。
その色の一つ一つに寂しさを感じる理由を。

君が見せた世界に、僕は飲み込まれてしまったのかもしれない。
自分から飛び込んでいったくせに
泥濘の中を藻掻くように、足は着かず、手は虚空を切った。
呼吸の仕方が分からなくなる。
このまま沈んでしまうのだろうか。
そうやって諦めかけた時、確かに地面の感触がした。
手に何かが触れた感触がした。
仰げば光があった。
弱々しい微かな光だ。
それもやっぱり君の世界だった。

遠くで眺めていようと思った。
きっとそれが一番楽だから。
けれど近づいてしまったのは自分の弱さだった。
「楽な事と、楽しい事は、違うでしょ?」
あれは誰が言ったのだろうか。
また自分の中で造られた彼女に代弁させてしまったのか。

街という比喩はあまり好きではなかった。
何かのコミュニティに属することがそもそも苦手なのだ。
街などと言う巨大なものに巻き込まれてしまっては、僕という人間は殺されてしまうと恐れていた。
殺されないための武器が必要だった。
傷つけるためではない。
これは正当防衛なんだ。
そう自分に言い訳をして、必死に磨いてきた。
毎日毎日磨き上げ、周囲に見せびらかしてきた。
近づいてこないで欲しいと思っていた。
けれどこの磨き上げた武器を見て欲しいとも思うようになった。
「馴れ合いは嫌いじゃなかったの?」
そうだ。その通りだ。
でもそれ以上に独りは嫌なんだ。
手にした武器を携えて、また半歩街に近づいた。

ずっと分かり合う事を望んでいた。
ずっと理解される事を望んでいた。
けれど分かり合えないと知っていた。
そして理解される事を恐れいていた。

随分前から分かっていた事がある。
僕の本心は口をついて出ない事。
育った環境は、僕に良い人である事を望んでいた。
それに応えるためには口を閉ざしてはいけない。
けれど打ち明けてはいけない。
僕はよく笑う。
僕はよく喋る。
演じているなどと思う事も、もう無い。
これだって自分だ。
嫌いなわけではない。
ただたまに虚しくなる。
僕の本心は一体どこへ行ってしまったのだろう。と。

その場所は緩かった。
温かいとか、優しいとかそういう事ではない。
そこに誰がいても問題ないという緩さがあった。
僕がその場所にいる事について疎外感を覚えたことは、たぶんあの場の誰にも気が付かれなかったように思う。
繋ぎ留めてくれたものは、やっぱり君の世界だった。
僕が表したかったもの。試してみたかったもの。
その世界が視界に入った時、緩くなったのを覚えている。

随分前から考えていた事がある。
心の在処。
感性と呼ばれるものの出立点。
言葉という記号に熱を持たせるものの正体。
感情を動かすもの。

つい最近考えていた事がある。
心の在処。
それは多分手にあるという事。

キーを叩く指先。
タロットカードを引く手。
写真をタイルに貼る手。
肩を叩いてくれた手。
装飾品を作る手。
焼き菓子を作る手。
何かを手渡す。
シャッターを押す指。
石をなぞる手。
本を捲る手。
音楽を編曲する手。
製本をする手。
握手をする。
抱き合った時に背中を撫で合う手。
空気を入れ替えようとパタパタする手。
そして、君がペンを持つ手。

温かさや、優しさだけではない。
誰もが別々のものを抱いている。
楽しいも、悲しいも、幸福も、不幸も。
言葉の先には誰かがいて
誰かの向こうに言葉がある。
見えないものもある。
見せないものもある。
見てほしいものもある。

これで終わらせてしまいたい。
全部終わらせてしまいたい。

綺麗事は好きではない。
けれど思わずにはいられないんだ。
書かずにはいられないんだ。
思いやりを持って、きちんと感謝を伝えて
誰かときちんと繋がっていたいと
そんな事を願ってしまう程度に
僕は浅はかな人間だからさ。

君のペン先を眺めながら、何て言おうか考えていた。
僕の本心は口から出ない。
誰に、何て言おうか考えていた。
僕の本心は口から出ない。

僕の書いた大丈夫は
君にどれだけ前を向かせてあげられたのだろう。

君がくれた言葉は
僕にどれだけ前を向かせてくれるのだろう。

これだけ沢山書いているのに、
誰かに何かを伝えるのが難しいなんて笑っちゃうよな。
今だけさ、今だけでいいからさ
僕が磨き上げてきた武器は脇に置いておこう。

ありがとう。
また会えたらいいね。


ー ー ー
ヘッダー画像撮影 | 杉本しほ


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貴方のその気持をいつか僕も 誰かに返せたらなと思います。