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唐仁原昌子
2024年7月21日 20:40
月曜日の朝。カーテンが半分だけ開いた、部屋の中。 太陽は、もうすでにしっかり目覚めている。今日も暑くなりそうだなと、思う。 身支度をしながら、他愛のない話をする。「私、生まれ変わったら猫になりたい。でもできることなら、もう生まれたくないかも知れない」「なんで?また生まれて、次もちゃんと私を見つけて、友達になってよ」「うーん。自信ないから、チイちゃんが私のこと見つけてよ」「じゃあ見
2024年7月14日 22:22
授業中、気まぐれに筆箱の中を探ると、コロンとした球体が出てきた。 それは何の変哲もない、淡い水色のビー玉。 そうだ、すっかり忘れていた。 消しゴムのカスや、筆箱の糸くずがついているそれに、ふうと息を吹きかける。 私の吐息でふわっと曇ったそれを、指の腹でぎゅっと擦る。そうすると、あっという間にそのガラスの球体は「透明」を取り戻す。 これは二週間ほど前に、隣の席だった松井さんがくれ
2024年7月7日 21:01
「いや、まじでごめん。とりあえず今日は無理なの」 電話の向こうでベガさんがそんなことを言い出したのは、七月七日のお昼を少し過ぎた頃だった。 着信があったスマホの画面にその名前を見て、ウキウキで応対した数分前の気持ちは、今やすっかり萎んでしまっている。「えっ……。だ、だってもう今日だよ。会うのが嫌だって、あまりに急すぎるよ」「ほんと、そこに関してはガチでごめん」「七月七日は、一年に一
2024年6月30日 20:58
人生には、ひどく嫌なことが続く時期がある。 いつからだろう。私は、何となくそういう薄暗い時期に入ったことを感じると、眠る前にそっと祈るということをするようになった。 毎日毎日やってくる真っ暗な夜に、繰り返し繰り返し祈り続けるようになると、それはだんだん習慣になる。 気がつくとそれは、眠りに繋がるルーティンになっていた。 夜、灯りを消した部屋でベッドに入り、目を瞑るその少し前。
2024年6月23日 21:04
寝坊による遅刻から始まった今日は、朝からドタバタ続きだった。 挙げ句の果てに、急な外回りの予定が入ってしまい、昼ごはんもすっかり食べ損ねてしまった。 お腹が空くと、こんなにも心が弱るものなのだなあと、私は自分を俯瞰で見ながら少しだけ感心する。集中力も持たないし、何となく気が立っている。 朝ごはんを食べられなかったのは、寝坊した自分のせいだし、昼ごはんを食べられなかったのは、効率よく動
2024年6月16日 20:03
十年以上も別々な人生を生きてきた、いろんな人間がごちゃ混ぜに存在する学校みたいな環境だと、どうしても「いじる人間」と「いじられる人間」が生まれる。 俺たちのクラスも、例に漏れずしっかりその「病」にかかっていて、俺はどちらかいうと「いじられる側」の人間だった。 昔からそうだったから、そういうものだと思っていたし、自分としてはさほど違和感はなかった。 だからこそ、俺を「いじる人間」がずい
2024年6月9日 23:41
その日は朝からどんよりと曇っていて、母さんに言われて渋々折り畳み傘を持ってきた。 正確にいうと、「ツバメが低く飛んでいるから持っていきなさい」と言う母さんの言葉を、面倒くさいと無視していた。 そうしたら、「あんたは本当に言うことを聞かないね」と、ランドセルの隙間に折り畳み傘を差し込むついでに、ゲンコツをおまけでつけられた。暴力反対。 僕の日常なんて、そんなもんである。 ゲンコツのあた
2024年6月2日 21:48
「今日は、あなたの中の宝物について、語ってもらおうと思います」 黒板の前で先生がそう言うのを、私は頬杖をつきながらぼんやりと聞く。 自分の中の宝物。 プラスチック製のあるアニメキャラクターの人形、カルピスの匂いのする消しゴム、父が出張先で買ってきた異国のポストカード、小さなゼンマイ仕掛けのオルゴール。 配られる作文用紙を後ろのクラスメイトに回しながら、ちょっと考えてみたら、思ったよ
2024年5月26日 19:09
「いいですか、きみ。よく聞くがいいよ」 不意にどこからかそんな声が聞こえて、その声の持つ緊張に、私は思わず微睡から身を起こす。 ぐるりと部屋を見渡して声の主を探すけれど、この部屋には自分以外誰もいない。そっとスマホの画面をつけて、時間を確認した。 十五時過ぎを示している、その画面の明るさとは裏腹に周囲は随分と薄暗い。 大学の授業の空き時間に、使われていない教室でうたた寝をしていた。
2024年5月19日 22:00
授業中、教科書とノートを自分の座る席の机上に広げる。 そこは私にとって、五十分を過ごすにはあまりに狭い世界なので、私はときどきノートの「なか」に救いを求める。 授業がつまらないなとか、教室を出てどこかに行きたいなと思うたびに、ノートの最後のページにさかなの落書きをすることにしたのは高校一年生の頃だ。 本当に、「つまらないな」と口に出して言ったり、どこかに行ったりしてはいけないというこ
2024年5月12日 22:28
寝ぼけたまま、まともに目も開けずに手探りで窓を開ける。 ぶわりとカーテンが広がって、部屋の中に渦巻いていた灰色の空気が一気にかき回される。 昨日、五年付き合った人と別れた。 おしゃれで聡明な人だったけど、いつも難しい顔をしているから、それを和まそうと私はいつも一生懸命だった。「元気なところが好きだよ」と言われて、素直に嬉しかった。だから私はいつも元気でいた。いつも元気でいたくて、い
2024年5月5日 23:52
昨夜、俺は結構酒に酔っていた。 職場の付き合いで行った飲み会で、日頃の仕事の話に始まり、休日の過ごし方へ話題は移行する。 元々プライベートと仕事は分けたいタイプだし、恋人の有無や家族の話になる頃、俺はすっかり疲れていた。 早く帰りたいなあ。 まあ帰ったところで、上司や先輩のようにそこに待つ人がいるわけではないけれども。 それでも俺にとっては、俺の好きなものだけを集めた、唯一無二の
2024年4月28日 23:11
じわりと夜が滲むような、春の夕暮れで満たされた廊下を、ものも言わずに歩いていく。 そんなミオの背中を、私も同じく黙ったまま追いかける。決してミオのためではない。私は、たぶん私のために彼女を追いかけている。 部活の後、ミオは確かに泣いていた。 ロッカールームに忘れ物をしたことに気がついて戻ったとき、私はそれをみてしまった。 一年の頃から同じクラスで、同じグループで楽しくやってきたけれ
2024年4月21日 20:59
「中島ちゃーん。次の数学の課題、終わってたりしない?」 休み時間になると、青木さんが声をかけてきた。 終わってたりしない?なんて聞いておきながら、彼女は私が課題を終わらせていることを、ほぼ確信して聞いてきている。多分。「あ…うん、終わってるよ」「よかった!ごめんだけど、お願い!見せて!」 手のひらを合わせて、ごめんのポーズをしながら、大して悪びれた様子もなくそんなことを言う。まあ