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【ショートショート】 月曜日のかき氷

 月曜日の朝。カーテンが半分だけ開いた、部屋の中。
 太陽は、もうすでにしっかり目覚めている。今日も暑くなりそうだなと、思う。

 身支度をしながら、他愛のない話をする。

「私、生まれ変わったら猫になりたい。でもできることなら、もう生まれたくないかも知れない」
「なんで?また生まれて、次もちゃんと私を見つけて、友達になってよ」
「うーん。自信ないから、チイちゃんが私のこと見つけてよ」
「じゃあ見つけてあげるから、とりあえずちゃんと人間に生まれ変わってね」

 ヨウちゃんが猫だと、一緒にお酒飲めないしさあ、と私は笑う。

 私たちのこれらのやり取りには、言葉以上に深い意味はない。

 他の人が聞いたら、少々ギョッとするかもしれないが、これが私たちにとっての普通。取り留めのないやり取り、いつも通りの朝。変わらない日常。

 これからもきっとこのまま、ゆるく続いていくだろう日々。
 何の疑問もなく、そう思っていた私の背中に、彼女は不意に「ごめんね」と言った。

「…え?」
 私は思わずメイクの手を止めて、できるだけゆっくり振り返る。

「いや、うん。ごめん」
「何が?」
「私、やっぱり人間向いてない」

 彼女はときどき、こうなる。
 いろんなことをぐるぐると考えて、気を使って立ち回ることがクセになっているためか、人間の世界を生きるのが恐ろしく下手なのだ。

 ヨウちゃんとは、学生時代からルームシェアをはじめて、もうそろそろ五年が経とうとしている。

 五年も近くにいると、一年に一度くらいの頻度で、無自覚なガス欠になることがわかってきた。六年目を目前にして、さすが私の対応も慣れたものである。

 とりあえず急いで、塗りかけのマスカラを塗り終え、ヨウちゃんのほうに顔を向ける。

 ソファにごろりと横になったまま、タオルケットに包まれている彼女は、いつもよりずっと小さく見えた。

「どうしたの」
 そっと声をかけつつ、ちらりと時計を見る。大丈夫、まだまだ出勤時間までは時間がある。

「どうもしないよ、そう思っただけだよ」
「夜から元気なかったし、先週仕事で何かあったんでしょ」
「いつも、何かはあるよ」
「……まあ、ね」

 明確な対応方法があるわけではないから、正直少しだけ、煩わしくもある。綺麗事だけでは、一緒に暮らせない。
 それでも彼女がこんなふうに弱音を吐くことは、ここ最近滅多になかったから、私は聞き流すことをしたくなかった。

「今日、仕事終わるの何時?」
「……うーん…」
 モゾモゾと動くタオルケットの塊から、しばらくの沈黙を経て小さな声が聞こえる。

「…今日、休んじゃおうかなあ」

 ほう、と思いつつ、そのまま脳内にある自分のスケジュール帳を、バラバラとめくる。大丈夫、今日は何とでもなる予定だらけだ。午後にある会議だけ、同席する予定の後輩にうまく引き継げば問題ない。

「…いいね。じゃあ私も休もうかな」
「えっ」

 殻のようにヨウちゃんを守っていたタオルケットが、ガバッと開かれる。まんまるな目の、驚いた顔が覗く。そのあまりの勢いに、ちょっと笑ってしまう。

「私も休むよ。一緒に何かしようよ」
「いいの」
「いいの、別に」

 ちょうど有休消化をするようにという話しを、上司からされたところだったんだよねと続けると、ヨウちゃんは嬉しそうにタオルケットから出てきた。
 こういう素直なところが、彼女のいいところだと思う。

「こないだ、かき氷が食べたいって言ってたよね。食べに行こうか」

 私の提案に、彼女は顔をくしゃくしゃにして、おどけたように首をすくめ「最高」と言った。

「私、休むの下手だから、今日はヨウちゃんがしたいことしようよ」
「やったね。どうしよう。どうする?私たち、いま無敵だよ」

 もはやタオルケットから、ヨウちゃんはすっかり出てきている。

 そうして私たちは、「私たちの月曜日」を始めることにした。


(1562文字)

続きにあたる作品「レモンイエローな二人」はこちら↓


=自分用メモ=
「月曜日の休み」を肯定する話が書きたくて、これを書いた。起点は「どうする?私たち、いま無敵だよ」のセリフ。
明日のことは、明日考えたらいい。そんな日があってもいい。そういう気持ちをめいっぱい込めて。

 暑い暑い夏。来週もみんな平穏無事に、一週間を乗り切ることができますようにという祈りも添えて。

感想などは「こちら」から。もれなく私が喜びます…!

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