【ショートショート】 レモンイエローな二人
「海の底って、簡単にはいけないのかな」
「どうだろうね」
そもそも海の底って、いったいどこを示すものなのと、私はさっきまで包まっていたタオルケットを握ったまま続ける。
「確かに。うーん、ただ見るだけなら、浅瀬に行けば濡れなくても見えるか」
「なに、海の底に用事があるの」
「ちょっと見てみたい気分なだけ」
ついさっき仕事を休むと決めたチイちゃんは、テキパキとその連絡を済ませて本当に今日一日を休みにしてしまった。
朝の支度をほぼ終えていた彼女に、突然私が「仕事を休もうかな」と言い出したことでそうなった。
つまり、間違いなく巻き込んだのは私なので、何となくわがままを言った後の居心地の悪さがチクリと私を刺す。
「さあ、とりあえずヨウちゃんも早く着替えなよ」
そんな私を気にしたふうもなく、彼女はそう言う。
今しがた、今日の予定はかき氷を食べることと決まったところだ。私は「うん」と返事をして、自室に向かう。
私ももう少しラフな格好に着替えようかなと、チイちゃんもいそいそと部屋に引っ込んだ。
チイちゃんとルームシェアをし始めて、もう何年になるだろう。
お互いに姉のような妹のような、絶妙な距離感でここまで一緒に生きてきた。
この関係を説明するのに、一口に「友達」というには思い出がありすぎるから、それこそ「友達以上恋人未満」がしっくりくる気がする。
チイちゃんは大抵いつも、私のことをお見通しと言わんばかりに理解してくれている。
だから、先週末仕事の職場関係で、嫌な板挟みポジションに置かれ、今日の出社がひどく憂鬱になっていた私の変化も、多分しっかり見抜いていたのだと思う。
あまりに気が乗らなくて、思わず休もうかなと言った私に、便乗したような形でチイちゃんも「休む」と言い出したのだ。
直接的な解決にはならなくても、悩みの前に孤独ではないことを実感できると、心底ホッとする。
結果として、二人は月曜日の入り口で「今日をどのように過ごすのか」という贅沢な相談をすることになった。
少し前に、私がおいしいかき氷を食べたいと言ったことを、チイちゃんは覚えてくれていたので、とりあえずかき氷を食べることにはなっている。
私は自分のクローゼットを開けて、簡単に着られるワンピースに手を伸ばしかけた。
そこで、ふとさっき海の話をしたことがよぎる。もしかしたら、チイちゃんは海に行きたいかもしれない。
それなら、海に入りやすいように、ショートパンツにTシャツを着ていこう。
赤色は夏っぽいけれど、ちょっと見た目が暑苦しいかな。白色だと、鈍臭い私はかき氷をこぼすかもしれないからやめておこう。
あれこれ思いを巡らせながら、とりあえず手前にあったショートパンツをはいて、ハンガーにかかっている洋服たちに手を伸ばす。
Tシャツを探すべく洋服をかき分けていたら、去年の夏の旅先にて、チイちゃんとお揃いで買ったド派手なレモンイエローのTシャツが目に入った。
見た瞬間、何となく「これだ」と思って、私はそれに急いで顔を突っ込んで着る。
そのまま適当に落ちていたバッグにタオルだけ入れて、後はリビングに置きっぱなしの財布と携帯を持てば──。
とりあえず急ぐために「ねえチイちゃん、日焼け止め貸して!」と言いながら、職場に休むという一報を、スマホのメール画面に打ち込みつつリビングに向かう。
手元からふと目を上げると、そこにはショートパンツにド派手なレモンイエローが既にいて、私たちは同時に吹き出したのだった。
これだから、チイちゃんは最高なんだよな。
朝の憂鬱な気持ちは、気がついたらすっかり吹き飛んでいた。
(1486文字)
前作「月曜日のかき氷」はこちら↓
=自分用メモ=
先週の二人が何となく気に入って、他の話を書きかけていたけれどこちらを選んだ。
言葉にしきれない感情や感覚、関係って本当に良い。友達って、幾つになっても良いものだ。そんなことをしみじみ思いながら書き上げた。
なるほど、こういう感じで続きを描くのも楽しいなあ!
憂鬱な朝は誰にでもある。その朝の数だけ、乗り越え方もさまざまだ。それぞれが、それぞれに合ったやり方で、来週もまたゆるりと泳ぎきれますように。
感想等は「こちら」から。もれなく私が、喜んで読ませていただきます!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?