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【ショートショート】 空の上の七夕事情

「いや、まじでごめん。とりあえず今日は無理なの」

 電話の向こうでベガさんがそんなことを言い出したのは、七月七日のお昼を少し過ぎた頃だった。

 着信があったスマホの画面にその名前を見て、ウキウキで応対した数分前の気持ちは、今やすっかり萎んでしまっている。

「えっ……。だ、だってもう今日だよ。会うのが嫌だって、あまりに急すぎるよ」
「ほんと、そこに関してはガチでごめん」
「七月七日は、一年に一回しかないんだよ」
「うん、間違いない。それはそう」
「一年越しに、会うって約束なのに当日にそんなこと言うの」
「だからごめんって。別に、アルタイルくんに会いたくないわけじゃないよ」
「じゃあ何なの」

 ベガさん曰く、「今日あいつら会うんだろうなあ」と、たくさんの人に見られている感じが監視されているようで嫌になったんだそうだ。

「冷静に考えてみてよ、一体どれだけの人にデートの日程を把握されてるわけ。怖すぎるって」
「そ、それはまあそうかもしれないけど、でも」
「一週間!せめて一週間後にしよ!」

 ね?おねがーい頼むよーアルタイルくんってば、と電話口で言い続けるベガさんの声を聞きながら、どうしたものかと思う。

「私たち、会うのは久々かもだけど、こうしてほぼ毎日電話もしてるし、お風呂入る前ならビデオ通話もしてるじゃん?」
「まあ……」
「つかね、さっきアルタイルくんは約束って言ったけど、別に私たち自身が七月七日に会おうって決めたわけじゃなくない?」

 また、何か新しいことを言い出した。ベガさんは弁が立つから、もうこうなってくると僕の手には負えない。

「やばくない、人のデートの日にちを他人が決めてるの。もう今、令和なんですけど」

 下々の人が勝手にさあ、と続いたところで、それは誤解を招く言い方だからとたしなめる。わかったよ、とため息まじりに言って、彼女は言い直す。

物理的、、、下々の人が、私らのデートの日決めてるのも納得いかないんだよね」

 そういう問題ではない気がするけど、まあ今はいい。とりあえず「なるほどね」と相槌を打つ。

 夏の大三角形なんて言って、よくわかんないうちに「三角関係の夏代表」みたいにされてるのもいい気しないんだけど、なんてことも言い出して、不満の矛先があちこちに向き始める。
 デネブの気持ちも考えた方がいい、と言い出したあたりで、少し笑ってしまった。

「しかも、何か『願い事』なんて言いながら、いろいろ紙に毎年書いてくるじゃん。こちとらサンタクロースでもないのに、どうすりゃいいわけ」
「それとこれとは、まあ願いの種類が違う気もするけど……」
「世界平和とか家内安全とか、祈られたって私らにできることなんてないって」

 もうすっかりヘソを曲げてしまっているベガさんを、まあまあと宥めながら話題の着地点を探す。何しろ、今日どうするかの話しがまだできていないのだ。

「そこは、希望と願望の違いみたいなものかな」
「どういうこと」
「そうだねえ、こうしたい!と、こうなればいいなあ!のニュアンスの違いというか」
「みんな、私らより実績が確かなサンタのじいちゃんに、もっと世界平和祈るべきでしょ」

 地上いろいろ荒れすぎでしょ、と彼女は言う。そういえば、今日も地球上はかなり暑そうだった。

「荒れてるから、祈りたくもなるんじゃないかな。短冊の内容って、せめてこうなりますように、みたいな希望を込めたものが多い気がする」
「でも、私がこないだ見たやつ、『焼肉食べ放題に行けますように』って書いてたよ」
「それくらいのささやかな幸せを、祈れるくらい平和なほうがいいよ」

 まあ確かにそれはそうかもーと、よくわからないポイントで納得したベガさんは、少し落ち着いたようだった。
 この雰囲気のまま気が変わることを祈りつつ、そっと話題を戻してみる。

「とりあえず……今日はどうする?」
「うんと、デートは来週にリスケして、今夜は遠隔同時映画鑑賞会でもしようよ」

 完敗。
 ベガさんは一度言い出したら、滅多なことがない限り他の意見を聞かない。もうこうなると、僕が折れるしかないので、仕方ないかなと思い始める。

「じゃあ、せめてビデオ通話しながらで」
「あ……それは無理」
「えっ、なんで」
「無理なものは、無理なの」

 さすがに納得がいかなくて、抗議しようとした矢先、「だあれ、洗面所で髪の毛を切って、後片付けもしてないのは!ベガ、あんたまた前髪切ってそのままにしてるでしょ!」と、ベガさんのお母さんらしい声が聞こえてきた。

「……ウザすぎるし、声がでか過ぎる」
 ちょっと待ってて、とスマホを置いてベガさんがその場を離れる音がする。

「すぐ片付けるから、ちょっと置いといて!」少し離れたところで、ベガさんが言っている。
 いつものことなので、慣れっこになっている僕は、聞くともなくそれを聞く。

「どうして切った後すぐに片付けられないのよ、ハサミも何もかも置きっぱなしで……。……ねえ、あんた前髪どうしたの」
「いや、だから声がでかすぎるって言ってんの!」

──かくして、今年の七夕デートは空の上でこっそりと、一週間後に組み直されることとなったのであった。


(2086文字)


=自分用メモ=
暑い。あまりに暑すぎる。ひよって少し気楽なものを書きたくなり、せっかくの七夕なので関連ワードを使ってみた。一体、今日七夕を意識している何割の人が、「七夕とは何か」を理解して過ごしていることだろう…なんて思いつつ、もうとりあえずお願い事を書いちゃお!みたいな、ポップな姿勢も悪くない気がしてきた。平和が、一番。

初めは織姫さんと彦星くんで書いていたけど、デネブを入れたくなって、わかりやすくするためにベガとアルタイルに変えたよというメモを添えて。

みなさま、暑さに負けずどうぞ無理なくお過ごしくださいませ。

感想等はコメント欄や、以下からどうぞ。喜んで読ませていただきます。ここも埋め込んでみたり文字リンクにしてみたりの模索中…。

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