【ショートショート】 指先の宝物
「今日は、あなたの中の宝物について、語ってもらおうと思います」
黒板の前で先生がそう言うのを、私は頬杖をつきながらぼんやりと聞く。
自分の中の宝物。
プラスチック製のあるアニメキャラクターの人形、カルピスの匂いのする消しゴム、父が出張先で買ってきた異国のポストカード、小さなゼンマイ仕掛けのオルゴール。
配られる作文用紙を後ろのクラスメイトに回しながら、ちょっと考えてみたら、思ったよりたくさん挙げられた。これなら作文を書くのも案外余裕そうだなと思ってから、はたと思いとどまる。
(…宝物について、いったい何を書けばいいんだろう)
横を見ると、もうアカリは何かを書き始めている。
「ねえ、宝物についてって何書けばいいの」
「え?何ってどういうこと」
「そのものの説明をしたらいいの?まさか、見た目がどうとか、そういうことじゃないよね」
「よくわかんないけど、私はとりあえずどのようにして手に入れて、どんな思い出があって…みたいなことを書けばいいのかなって思ってるよ」
作文が得意なアカリは、スイスイと作文用紙を埋めていく。その手元を恨めしく見つめながら、私は言葉通り頭を抱える。さて、どうしよう。
だってさっき挙げたものは、どれも気がついたら手元にあったとか、ちょっとしたお祝いにプレゼントされたとか、それくらいの記憶しかないものばかりだったからだ。
…アニメキャラクターの人形は、弟から奪い取った…改め、貰い受けたんだったかな。
それぞれに、原稿用紙を埋めて語れるほどの思い出はない。
そのことに気がついたとき、それらは「宝物」というよりも、どちらかというと「お気に入り」と称した方がしっくりくるような気がしてきて、私はすっかり困ってしまった。
──私、宝物なんて持ってないかもしれない。
十五年も人間をやっているのに、「宝物」と言われて思い浮かぶものが一つもないって何だか虚しいなあと、少し折れてしまった真っ白な原稿用紙の隅を、そっと指先で撫でて伸ばす。
ふとその指先にある、ホクロが目に留まった。
私の右手の中指には、黒いペンで点をつけたような小さなホクロが一つある。これまでに何度も、ペン先で汚したのかと拭いたり洗ったりしてきたホクロだ。
そのホクロを見つつ、そういえば…と入院していたじいちゃんのことを思い出す。
日がなベッドで横になって、暇そうにしているじいちゃんの元に、遊びに行っては取り留めのないことを話した。
あるときふと、私は自分の指先のホクロのことをじいちゃんに言った。
「じいちゃん、見てよ。このホクロ。あ、これペンで書いたんじゃないよ。本当にホクロなんだけど、いつも騙されるんだよね」
私にしたら大した意味のない話だったのだけど、じいちゃんは珍しくしっかり食いついて「見せてみなさい」と言ってきた。
言われるがまま、その指先をじいちゃんの顔に近づける。
しわしわになったその手で私の手を捕まえて、しげしげと見た後に、おお本当だ!と言って嬉しそうに笑いだした。
「厄介なんだよね、何かついちゃったのかっていつも騙されるの」
にこにこしながら、じいちゃんはわかるわかると私の言い分に頷いてみせる。
そして、「こっちにきて、じいちゃんの手を見てごらん」とその手をこちらに延べてきた。
私は言われるがままにその手をとり、そっと眺める。
昔、よく繋いで歩いた手。あの頃と比べたら、ずっとしわしわで何だか小さくなった、じいちゃんの手。
私が大きくなったからだろうか、じいちゃんが小さくなったのだろうか。きっとどちらも正解だろうなと思いながら、その手を見ているとあることに気がついた。
「わ!じいちゃん、私と同じところにホクロがある」
「そうそう」
嬉しそうに笑って、じいちゃんは手を引っ込めて、そのホクロを反対の手で擦る。
「じいちゃんと、お揃いだなあ」
「ホクロのお揃いなんて聞いたことないよ」
そうして二人で、ふふふと笑った。
──それからあっという間に、じいちゃんはこの世を駆け抜けていって、一年ほど前に「遠く」へ行ってしまった。
ただそれ以降も、指先を見るたびに私はあの日のことを思い出すようになった。
じいちゃんはいつも私を認めて、褒めてくれた存在だ。
あの日、じいちゃんの手にお揃いを発見してから、このホクロは私にとって「自己肯定のスイッチ」のような役目を持つようになった。
ああ、そうか。こういうことを書けばいいのか。
私の宝物は、「これ」だ。ストンと腑に落ちた感覚があって、私はシャーペンをカチカチとノックをし、原稿用紙に向き合い出した。
(1870文字)
=自分用メモ=
今回のキーワードは「ホクロ」と「原稿用紙」。無理のない範囲で織り込むことができた気がする!
宝物は物であるとは限らない。そして、宝物になりうるものには、必ず体験した思い出も付随する。そういう思い出ごと、宝物になるんだよなあと思いながら書き上げた。
私も、「宝物」はたくさんある。これって幸せなことだ…!
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