【ショートショート】 太陽スキャナー
寝ぼけたまま、まともに目も開けずに手探りで窓を開ける。
ぶわりとカーテンが広がって、部屋の中に渦巻いていた灰色の空気が一気にかき回される。
昨日、五年付き合った人と別れた。
おしゃれで聡明な人だったけど、いつも難しい顔をしているから、それを和まそうと私はいつも一生懸命だった。
「元気なところが好きだよ」と言われて、素直に嬉しかった。だから私はいつも元気でいた。いつも元気でいたくて、いつもどこかが痛かった。
ふと気がつくと、私は「元気なふり」が上手くて、自分に鈍感な大人になっていた。
本当に元気なときも、もっと元気に見えるようにと、どこかパフォーマンスしているような気持ちになってしまった。そんな気持ちを自覚した瞬間、あっという間に私は「本体」を見失った。
ぶわり。部屋に、また風が吹き込む。
閉めていたカーテンが、その風によって開けられて、部屋の中がぐんと明るくなる。
薄暗い部屋の中へ、風とともに明るさが飛び込んでくる。飛び込んできたお日さまの光は、そのまま駆け巡って、日陰で萎びている私をぐるりと照らしていく。
カーテンの揺らぎに合わせて、「私」は端から撫でるように太陽に見つかる。
まるで、「太陽にスキャンされているみたいだ」と思った。
明るい場所に行きたいな。そういえば、いつかあの人と行った公園の芝生はよかったな。思わず履いていた靴を脱いで、走り回りたくなった。一人じゃなかったからできなかったけど。
思い返すと横にいる存在が、何度も私の心を揺らす。だって五年も一緒にいた。そんなに簡単に、消えてくれるわけがない。
──もし、スキャンされているのだとしたら、「私」というデータはどこに出力されるのだろう。これだけ眩しい光に読み取られるのだから、きっと明るい場所に書き出されるに違いない。
この薄暗い部屋からじわじわと消えて、同時に芝生に裸足で立つ自分がじわじわ見えてくる。
いつだってこんなふうに、私の体を置いて、私の心はあっという間に暗い部屋を飛び出していく。
連想ゲームのように脳内で浮かぶ風景をたぐっていくと、少しだけわくわくした気分になった。そうだ、私はいつだってこうして日なたを歩いてきたじゃないか。
「本体」より先に、素足のまま緑の上に出力され土を踏み締める私が、置いてけぼりの「本体」を呼ぶ。
いてもたってもいられ無くなって、私はそのまま部屋の鍵と携帯電話だけ握りしめる。
心はまだ痛い。けれども、いたくない場所から駆け出した私は、一目散にあの日の公園を目指していた。
(1070文字)
=自分用メモ=
油断すると、忘れそうになるルビ機能の思い出しも兼ねて。
今回キーワードにしたのは「データ」と「痛い」。ランダムにも程がある、ちょっと悩んだ。いたい、は同音意義を意識して混ぜて遊んだ。
痛いことは上手に掻い潜って、いたくない場所から離れる…音にするとややこしいね?笑
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