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【ショートショート】 喫茶店デジャヴ

 寝坊による遅刻から始まった今日は、朝からドタバタ続きだった。

 挙げ句の果てに、急な外回りの予定が入ってしまい、昼ごはんもすっかり食べ損ねてしまった。

 お腹が空くと、こんなにも心が弱るものなのだなあと、私は自分を俯瞰で見ながら少しだけ感心する。集中力も持たないし、何となく気が立っている。

 朝ごはんを食べられなかったのは、寝坊した自分のせいだし、昼ごはんを食べられなかったのは、効率よく動けなかった自分のせい。

 結局のところ、この荒んだ気持ちは全て「自己責任」の四文字に、その行き場を奪われる。

 当たり前だけれど、自己責任だからどこに八つ当たりするわけにもいかない。ほーんと、嫌になる。

 とはいえ、ささくれだった気持ちを持て余した私は、このまま真っ直ぐ帰社する気にはなれなかった。

 時計を見ると十五時前、おやつの時間だ。

 何か食べなくては…いや、それよりも喉が渇いたな、まずは何か飲まなくては…。そんなことを思いながら、ぐるりと辺りを見回すと、なかなか古めかしい喫茶店が目に留まる。

 喫茶店というと、経験的に当たり外れはありそうだけれど、このままずるずる悩んだり他を探したりしていたら、おやつも食べ損ねてしまう。

 そう思い至った私は、次の瞬間にはその重そうな木製の扉を押していた。

 カランコロンカラン……。

 扉につけられた、客の入店を知らせるカウベルの音を聞きながら、そのいかにもな雰囲気に少し心が浮き足立つのを感じた。

 店内はそんなに広くなく、カウンター席が数席、テーブル席が二つのこぢんまりとした空間。遅めとはいえお昼どきなので、空いているのは一番入り口に近い、カウンターの一席のみ。

 席についているお客さんたちは、軽食やコーヒーを口にしたり、連れ合いやマスターと思しき人と話したりと、それぞれの午後を過ごしている。

 私はこれは「当たり」だと嬉しくなって、マスター(と思しき人)の方を見る。目が合うとそっと頷かれ、私は引き寄せられるようにして唯一の空席に腰掛けた。

 その瞬間、奥の厨房らしいところからカウンターに出てきた女性に、「あら、また来てくれたんですね!」と声をかけられた。

「え?」

 また、と言われた気がする。でも、私がこの店にきたのは間違いなく初めてだ。だって、こんないい雰囲気のお店を忘れるはずない。

 誰かに連れてこられたにしても、私なら気に入って、絶対外回りのたびに寄り道しているはずだ。

「人違いだと思います。私、今さっきここを見つけて……」

 尻すぼみになりながらそう伝えるも、その女性は気にしたふうもなく、冷たい水が注がれたコップを私の前に置いて「注文はカウンターの人に言ってくださいな」と言い、厨房へ戻って行った。

 よく冷えたコップを目にした途端、後回しになっていた喉の渇きを思い出して、ありがたくその水を飲みながらメニューに目をやる。

 コーヒーの名前がいくつか並んだ下の方に、ピザトーストやフレンチトーストの文字が並んでいるのを見て、改めて空腹を自覚した。何にしよう、どれも美味しそう。

 時間がそんなにないから、とりあえずすぐに食べられそうなものがいい。
 メニューに記載はされていないけれど、厚焼きトーストくらいなら頼んだらすぐに焼いてくれる。

 不思議とそう思い至り、カウンターの中のマスターに「厚焼きトーストとブレンドをください」と言う。

 マスターは一瞬怪訝そうな顔をして、「ブレンドは前と同じホットでいいですか」と聞いてくれた。

 猫舌だけれど、そこはホットが良いと思ったので「はい」と笑顔で答え、ぐるりと店内を見回す。

 マスターが言った、「前と同じ」という言葉に脳みそが違和感を抱き、聞き返そうと思った頃にはマスターは厨房にオーダーを通していて聞き逃した。

 誰か、私とそっくりな人でも来たのだろうか。世の中には、自分に似た人が三人はいるって言うしな。

 私自身は、自分に似た人間に会ったことがないから、できることなら会ってみたい。私に似た誰かは、どこでどんな人生を歩んでいるのだろう……。

 そんな取りとめのないことを考えながら、目による店内探索は続く。
 綺麗に磨かれたカップ、ホコリ一つない棚の上にはいくつかの写真立てが並び、木の置物も配置されている。一番右端にあるキツネの置物は、前にもかわいいなと思ったものだ。

 壁にはどっしりと構えた振り子時計が時を刻み続けている。

 ふう、と深呼吸をして、よく手入れがされてピカピカしている振り子時計を眺めた。

 いつ来ても本当に落ち着く、良い喫茶店だ。ああ、とりあえず職場に戻ったら、いくつかの報告を上司にして、今日はできるだけ早く帰ろう。

 そう決意した私は、マスターが差し出した焼き立ての厚焼きトーストに、いつものように齧り付いた。


(1948文字)


=自分用メモ=
タイトルに尻拭いを任せて、え?どういうこと?となる作品を書いてみたくなって書いたもの。
世の中には、「否定しないで受け入れた瞬間に事実になる」ことも、ある。そんなことを思いつつ、とりあえず足したキツネの置物は蛇足だっただろうか。

感想等は「こちら」から。
全てありがたく、目を通させていただきます!

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