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教育のかたち〜学校教育への提言

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不登校と教育システム

不登校と教育システム



こんなにでっかく取り上げるのは、時代が少しずつでも動いているってことなんだろうな。

私の子育て時代は同時に支援学校での不登校対応に明け暮れていた時代でもあるけど、その頃は「不登校はわがまま」とか「障害を持った子供は問題児」扱いで、「公教育」と言う範疇にハマれない子供たちは言葉は悪いけど不良品扱いだった。

でもね……

基準はどこに置くかで物事は変わるし
世界の広さをどこまで知るかによっても

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これからの教育のためにできること

これからの教育のためにできること



【これからの教育の形を考えて】
コロナでみんながわかったこと。
・教育は学校という建物でなくても出来る
・学校にかかる負担が大きすぎる
・オンラインを使えば、学校と家庭との境目をなくすことができる

とにかく私は、教育において「学校」と「家庭」と「地域」という境目をなくしたい。

子ども達の教育を、みんなでやる。
たとえば江戸時代にはお寺の境内で集まって算術の問題を大人も子供も入り交じって解い

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3,行く学校・習う先生を選べたらいいと思いませんか?

3,行く学校・習う先生を選べたらいいと思いませんか?

「コロナ休校」をきっかけに、社会全体は大きく変わっていきますが、社会の縮図である学校もまた、社会の情勢やこれからの日本、世界のあり方とともに変わっていく必要があります。

これは何も、コロナウイルスによる騒動があったからと言うことではなく、実はもうずっと前から社会でも教育でも考えていった方がよかったものが、「コロナ騒動」によって”見えやすくわかりやすい状態になった”のだと思っています。

↑こちら

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「現」教育基本法が捨て去ってしまったもの

「現」教育基本法が捨て去ってしまったもの

今回のコロナウイルスが社会に与えた影響の大きさは改めて語らずともいいが、ここで浮き彫りになった事を「このあと」に活かすことは絶対に必要だと思う。たとえば2011年の震災の時、あの時にもいくつも浮き彫りになった事が、そのままうやむやになって来ていた今、またコロナ騒動でより強烈に社会の暗部や膿があぶり出されてきた感が否めない。

その中でも私自身はずっと「教育」に携わり、関わって来た中で今回ほど「見直

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2,「みんなが一律に同じ事を学ぶ必要はあるのか?」

2,「みんなが一律に同じ事を学ぶ必要はあるのか?」

こちらの記事は「ニッポンの教育よ、コロナ休校が見せてくれた可能性をここで活かさずいつ活かす!?」の記事からリンクしています。

私の小学校4年生の時の通知表。
評価欄に「動作がのろい」のひと言が書かれてあります。

今の時代に通知表に書いたらまず問題になる「のろい」という言葉。その言葉は、当時の私をそれこそ「呪い」にかけました。

「私はダメなヤツなんだ。私は人に比べてのろいから、人と同じにできな

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1,学校とは「行かなくちゃいけない」ところ?

1,学校とは「行かなくちゃいけない」ところ?

こちらの記事は「ニッポンの教育よ、コロナ休校が見せてくれた可能性をここで活かさずいつ活かす!?」の記事からリンクしています。

3月。コロナによる突然の休校措置によって、「さよならの準備」をしていた卒業学年の先生と生徒のみなさんが相当悲しい思いをしたという声がオンラインでもあちこちで聞こえてきました。

そこでは「明日も学校で会える」という「当たり前」が、当たり前ではなかったという事実が浮き彫りに

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ニッポンの教育よ、コロナ休校が見せてくれた可能性をここで活かさずいつ活かす!?

ニッポンの教育よ、コロナ休校が見せてくれた可能性をここで活かさずいつ活かす!?

3月、コロナウイルスの感染拡大を懸念した国から休校の要請があり、突然の学校閉鎖で卒業間近の子ども達や先生達は、予定していた送る会などお別れのイベントなどの中止を余儀なくされました。さらに春休みを経て今度は新学期。入学式もそこそこに再びの休校措置。学校はオンライン化や各家庭への課題配布など、「先の見えない学びの場の閉鎖」に大わらわでの対応。仕事を持つ親御さんたちは、低学年の子ども達などが子どもだけで

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3月後半のPATIO向日笑

3月後半のPATIO向日笑

3月のPATIO向日笑は外遊びもあるよ!
先着5組10名様まで〜。

ご予約はこちらのQRコードまで。

【PATIO向日笑って?】

かつて子ども達は、地域、家庭、学校という3つの「居場所」があって、それぞれのコミュニティーで育成されていました。

ところが現代、核家族化が進み地域のつながりは薄れ、近所の人の顔も知らない状態。学校も多忙で、いそがしい毎日。子ども達が見守られる環境が、どんどん減っ

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「死ね」という生徒と向き合ったとき

「死ね」という生徒と向き合ったとき

「死ね」……
と、視線を横にそらしながらそう言うから、
「ううん、私は死なないよ。」
と、そう答えた。

すると今度は、
「オレは死ぬから」
「死んでもいいと思っているから」
と、また視線をそらしながら言うので
「でも、私は、あなたが死んだらすごく悲しいな」
と、そう言ったら、それまで機関銃のように口からあふれ出てきた思いつく限りの悪口が、すっと止まった。

だからもう一度、
「私は、あなたが死ん

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キラキラ大人プロジェクトに出演②

キラキラ大人プロジェクトに出演②

うつ病で苦しかったときのこと。
どうやってそこから抜け出したのか。

不登校の生徒たちや学校に行かれなくなった息子と向き合って来た日々。

それらの物事に対して、答えてくれたのは「自然」でした。

スマイルコーディネーターとしての活動をスタートし、信州あそびの杜学園でやってきたこと。

不登校はじめ、学校の姿や子ども達の未来に力を貸してくれるのも、紛れもなく自然なのだと思うのです……。

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キラキラ大人プロジェクトに出演①

キラキラ大人プロジェクトに出演①

子供たちに、キラキラ輝く大人たちと出会わせてあげたい!
そんな思いで立ち上げた「キラキラ大人プロジェクト」
笑顔がとっても素敵な、代表の大林美智代さんは、元学校の先生。
実際に、多くの子供たちと接してきた方だからこそわかること、感じることがいっぱいあります。そんな、現場目線で選ばれた、キラキラ輝く大人がいっぱい登場します。

昨年、地元の教育イベントで出会ったみっちゃんこと大林美智代さん。

元小

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「敵」を作る事では、何も生まれない

「敵」を作る事では、何も生まれない

なぜこの時期に、この映画か。

引用した記事に書いてある、最後のこの言葉が胸に刺さる。
↓↓↓↓
>>俳優もみな熱演しているし、事故のシーンの迫力はものすごく、どんな事故だったのを知るために多くの人に見てもらいたいとも思うだけに、政治的な「事実の加工」が残念でならない。(映画『Fukushima 50』はなぜこんな「事実の加工」をしたのか?〜観客をミスリードする作り 中川 右介)

「当時を知る」

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ひとりの手では出来ない事も……

ひとりの手では出来ない事も……

学校が突然、休校措置になってから、いろいろな可能性を考えて動いています。学校のことを思って、「何か出来ることを!」と考える人たちは私の周りにとても多いのですが、だからといって「外出を控える」という通達に、手も足もでない状況があります。(児童館や保育園は開いているのに、おかしな話だと思いますけど………)

もしも………

これが、「総合教育」がしっかりと位置付いて実を結んでいたとしたら、子ども達はた

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その笛吹きについていって大丈夫?

その笛吹きについていって大丈夫?

マスクだったら、まだわかる。
でもどうして、トイレットペーパーがなくなるんだろう?

「オイルショック」の時は、中学生だった。
スーパーの棚にトイレットペーパーが見あたらないあの光景。

でも、別に困らなかった。
まだ水洗じゃなかったし、束売りのちり紙使ってればいいだけで。
トイレに紙がなくても死ぬわけじゃない。

総理が休校措置を口にしたのが木曜日。
翌朝全国一斉に学校各位は大騒動で対応。
学校

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