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サミール・ゲスミ『Ibrahim』イブラヒム、大志を抱く

カンヌ・レーベル選出作品。俳優サミール・ゲスミによる初監督作品。題名"イブラヒム"は主人公の名前であり、監督ゲスミはその父親アーメッドを演じている。イブラヒム青年はサッカー大好きな高校生で、郊外の住宅地で一緒に暮らす父親との関係はそこまで良好とは言えない。そんな中、イブラヒムは悪友アシールと万引したことで逮捕されて、父親に保釈金として多額の借金を背負わすことになる。件の万引のシーンは、ウィンドウ越しにアシールが指示出し→頭を抱える長回しで失敗を表現するなど、意図的に"隠れる/隠す"シーンも多く、父親から隠れて金をかき集めるイブラヒムのメタファーかと思えば、プールのロッカーの電子キーを"1234"で明けてみたり(情報教育上大変よろしい)、サッカー仲間の脱いだズボンのポケットをまさぐったりなど直接的な映像も含まれているので特に関連はないのか。親子の衝突やそれぞれの葛藤よりこれら金をかき集めるシーンを優先しているので(内的な葛藤よりも映像にはしやすいんだろうけど)、短尺なのに間延びした印象を残すが、所々挿入される省略とかは(それによって)印象的になっている。

フランス映画に欠かせないバイプレイヤーとなりつつあるルアナ・バイラミが本作品にも登場している。イブラヒムの想い人であり、彼女との交流がイブラヒムの寄る辺なき凍てつく心を解きほぐしていくわけだが、これが本作品を湿っぽくなくしている。

・作品データ

原題:Ibrahim
上映時間:80分
監督:Samir Guesmi
製作:2020年(フランス)

・評価:50点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『BEGINNING ビギニング』従順と自己犠牲についての物語
5. エマニュエル・クールコル『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』ゴドーたちを待ちながら
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
15. ヨナス・ポヘール・ラスムセン『FLEE フリー』偽りの自分、本当の自分
16. フェルナンド・トルエバ『あなたと過ごした日に』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
17. ウェス・アンダーソン『フレンチ・ディスパッチ』名物編集長追悼号より抜粋
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
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28. ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス
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31. スティーヴ・マックィーン『スモール・アックス:ラヴァーズ・ロック』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『スモール・アックス:マングローブ』これは未来の子供たちのための戦いだ
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35. キャロリーヌ・ヴィニャル『セヴェンヌ山脈のアントワネット』不倫がバレたら逆ギレすればいいじゃない
36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
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41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
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