見出し画像

ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿

ヴィゴ・モーテンセンの初監督作で、主演も彼が務めている。生まれたばかりの子供を抱えた夫婦が帰宅するシーンから始まり、子供と微妙な距離感を感じる父親ウィリス(ヴィゴ・モーテンセンにそっくりなスヴェリル・グドナソン)が生まれたばかりの我が子に衝撃的な一言を放つ。"この世界に連れてきて悪かったな、後は死ぬだけなのに"。物語はそんな口の悪い"ひねくれ者"なウィリスの若かりし頃と、赤子だった息子ジョンがおじさんまで成長し、自身にも認知症の初期症状が出始めた老年期を交互に並べていく形式で語られる。短気で短慮で口が悪い父親は昔も今も変わっていないのだが、現在の父親は認知症初期段階ということで時間軸が混在している様を映像として示しているのだ。それにしては編集がベタでダサくて鈍重すぎるのは気になるが。サリー・ポッター『The Roads Not Taken』の時も思ったが、記憶の混濁を扱う作品にしては挿話に飛んでいく編集が毎回毎回ワンテンポ遅くて居心地が悪い。

ヴィゴ・モーテンセン演じる息子ジョンはゲイで、夫エリックと娘モニカの三人で暮らしており、経営難に陥った農場を引き払った老父はジョンの家に引き取られる。彼の同世代の多くが抱える同性愛嫌悪的/女性嫌悪的な言動と、どこに行っても傍若無人な態度によってジョンとエリックを困らせるが、それでも孫娘モニカとの距離感は互いに積年の悪い感情がない分多少は近くなっているのが家族のリアルさを感じさせる。認知症になると普段からは考えつかないほど凶暴化するという話も聴くが、ウィリスの根幹は全く変わっていない。それでもジョンが甲斐甲斐しく世話を焼くのに対して"だって親だから"という家族神話的な側面をあまり感じないのは、ランス・ヘンリクセン演じるウィリスの中に、ある種の子供っぽさや孤独感が見え隠れするからなんだろう。ただの喚き散らす老人と困り果てる息子夫夫という単純な構図には押し込めない、絶妙なラインの上を渡っているような作品だ。

攻撃的な言葉と態度で武装し、常に強くあろうとした父がその弱さを見せた時、辛抱強く待ち構えていたかのように、映画は温かさを取り戻す。親子がまともにぶつかりあった時間は圧縮されて短いように感じるが、不思議と味気無さは感じない。それだけに、鈍重さで映画の魅力を半減させてしまっているのが残念でならない。

画像1

・作品データ

原題:Falling
上映時間:112分
監督:Viggo Mortensen
製作:2020年(カナダ, イギリス)

・評価:50点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
27. オーレル『ジュゼップ 戦場の画家』ジュゼップ・バルトリの生き様を見る
28. ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス
29. ベン・シャーロック『Limbo』自分自身を肯定すること
30. エマニュエル・ムレ『ラヴ・アフェアズ』下世話だが爽やかな恋愛版"サラゴサの写本"
31. スティーヴ・マックィーン『Lovers Rock』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『Mangrove』これは未来の子供たちのための戦いだ
33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
35. キャロリーヌ・ヴィニャル『セヴェンヌ山脈のアントワネット』不倫がバレたら逆ギレすればいいじゃない
36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
37. エリ・ワジュマン『パリ、夜の医者』サフディ兄弟的パリの一夜
38. ヨン・サンホ『新感線半島 ファイナル・ステージ』現金抱えて半島を出よ!
41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
43. オムニバス『七人楽隊』それでも香港は我らのものであり続ける
44. ノラ・マーティロスヤン『風が吹けば』草原が燃えても、アスファルトで止まるはずさ
45. ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う
46. シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取
47. Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…
48. ピート・ドクター『ソウルフル・ワールド』無数の無邪気な笑顔に包まれる恐怖
50. スザンヌ・ランドン『スザンヌ、16歳』16歳の春、あなたとの出会い
51. ウェイ・シュージュン『Striding Into the Wind』中国、ある不良学生の日常風景
52. フランソワ・オゾン『Summer of 85』85年の夏は全ての終わりであり、始まりであり
53. マグヌス・フォン・ホーン『スウェット』あるインフルエンサーの孤独
54. ルドヴィック&ゾラン・ブケルマ『テディ』溜め込みすぎた感情が目覚めるとき
55. 河瀨直美『朝が来る』太陽に手を伸ばしすぎでは…?
56. マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!