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マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

険しい山肌を駆け上る犬たちと這い登る老人。犬が指し示した土の下には立派な白トリュフがある。これは北イタリアの秘匿された森の中を歩き回りながら、世界で最も高価なアルバの白トリュフを探し回る職人肌の狩人たちと白トリュフに群がる人々を描いたドキュメンタリーである。狩人たちには長年のトリュフハンター生活で培った独自の"穴場スポット"があり、例え自分の子供だろうと一番弟子だろうと金を積まれようとそれを教える気はない。それは"学問に王道なし"というような、ノウハウをイチから身体に覚え込ませるという意味もあるだろうが、ゲームのように定期的に同じものがリポップするわけでもない現実世界において、技術以外に彼らが持つ唯一の"目に見える"財産であるから、という方が大きいだろう。しかし、教えてくれないにしても山の中にいけばあるはずなので、密猟者は狩人たちの背中を無断で追いかけて山に入り、彼らの"財産"を勝手に掻っ攫っていく。

老齢の狩人たちの相棒は長年の仕事を共にした犬である。狩人とて犬がいないとトリュフを発見できないので、家族かそれ以上の待遇で扱われる。84歳で独身の狩人は、自身の犬を溺愛するあまり、彼女の将来を心配していた。と同時に、犬は狩人の目であり鼻なので、密猟者によって撒かれた毒餌によって死ぬことすらあるらしい。映画でも直接的な描写はないが一匹のトリュフ犬が亡くなったというシーンがある(まあ次のシーンで猛烈な勢いで楽しそうにドラムを叩いているので困惑するんだが)。これら密猟者の存在は、小さいものまで金になるために根絶やしにしていく採取方法、高齢化した狩人たちという業界をより死滅の方向へと追いやっていくようにも見える。

一方、狩人によって採取された白トリュフは仲介業者によって買い上げられ、レストランなどへ売られていく。業界が狭いので狩人と仲介業者はほぼ固定という暗黙の了解があるらしく、仲介業者たちもまた狩人と同様の厳格さがあるようにも見える。しかし、真っ暗闇で取引が行われるシーンが何回も描かれている通り、彼らは良い白トリュフ=金が手に入ればそれで良いという態度にも見えてくる。狩人たち、仲介業者たち、白トリュフを食す者たち、この三者の間には明白な階級の差があるんだが、映画では決して言及されない。特にトリュフのオークション会場(?)みたいなとこで、臙脂色のクッションの上に置かれたバカでかい白トリュフを美術品のように匂っていくシーンの滑稽さは、金のうんこに匹敵すると思うんだが、そういった悪辣さは控えめ。寧ろ中途半端にこれらに言及するせいで、三者のいる構造が平面的に処理されてしまい、帯に短し襷に長しという印象を受けてしまう。

映画のほとんどはフィックス長回しなんだが、犬にGoPro括り付けた映像だけはアグレッシブで、特に犬が水を振り払うシーンは犬目線でロールするカメラ映像を体感することができる(マイケル・スノウとか言われてて草)。正直見どころはそこくらい。

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・作品データ

原題:The Truffle Hunters
上映時間:84分
監督:Michael Dweck, Gregory Kershaw
製作:2020年(イタリア, ギリシャ, アメリカ)

・評価:60点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
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9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
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