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Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…

カンヌレーベル選出作品。SNSの発達した現代エジプトで女性として生きることを探求するドキュメンタリータッチの作品かと思えば、突然逸脱して個人の物語になるという不思議な映画。バスに座って隣の女性と会話する主人公ソアドを捉えた冒頭は非常に興味深い。年配の女性には"自分は医学生で、婚約者が兵役で遠くにいる"と伝えるが、同じバスで別の若い女性が隣に座っているときは"旦那の姉が旦那へのプレゼントにケチを付けてくる"と全く別のことを話し始めるのだ。これはネット社会における電子的なペルソナとほぼ同等の行為を現実世界で再現しているということなんだろう。彼女は同年代の友人たちと遊んでいても常にスマホを片手に持っていて、一人になると恋人に写真を削除するように迫るなど常にイライラしている。カメラはそんな彼女をダルデンヌ的な距離感で追い回し、ヒジャブを外して外気を吸える唯一の場所であるバルコニーを含めた狭い部屋に暮らすソアドの閉塞感を強調している。

しかし、中盤にソアドが自殺してからは物語のテーマが一気に絞られていく。第二章では彼女の妹ラバブの目線から、"神の思し召しには敵わない"としてソアドの死を受け入れようとする家族が描かれ、第三章ではソアドの恋人(?)だったアフメドを中心に、彼に会いに来たラバブとの短い旅を描いている。ただ、ソアドの物語の壮大さと繊細さを前にすると、第二章の当たり障りのなさは気になってしまうし、第三章のアフメドという存在の大きさは、テーマを多彩にすることはあっても、それらを深堀りしたという印象は与えない。第一章が本当に魅力的だっただけに残念すぎる…

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・作品データ

原題:سعاد
上映時間:96分
監督:Ayten Amin
製作:2020年(エジプト, ドイツ, チュニジア)

・評価:40点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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