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ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う

カンヌレーベル選出作品。去年の9月から、彼を待つだけの生活を送っていた。他は何をしても現実から切り離されているようだった。そう語るのはロシア人外交官アレクサンドルとの情事に溺れる大学教員エレーヌである。妻子あるアレクサンドルは都合のいいときだけエレーヌに電話をしてきて、セックスだけして別れるので、彼との想い出を思い返す時は基本的にセックス中かセックス後のシーンしか出てこない。全身ではなく腰や胸のタトゥーなどの部分を捉えているのは、全体を俯瞰的に捉えられない盲目的な恋愛感情や距離感の近さを維持しようとする気持ちに起因しているのだろう。燃え上がるような恋心に反するように、これらのシーンが淡白に映るのには妙な清潔感があって面白い。しかし、そういった良い意味での機会的な感じというか生々しさの欠如は、"アレクサンドルがめっちゃ好き!"という感情によってほか全ての不条理を踏み潰していく過程と共鳴して、本作品の印象を限りなく薄くすることに加担してしまっている。それでも、同じようなセックスシーンを並べて時間軸をある程度歪曲させたのは、次第に恋心と依存度が上がって薬物中毒みたく現実と非現実の判別が付かなくなっていると見ることも出来て中々興味深い。ちなみに、アレクサンドルはセルゲイ・ポルーニンが演じている。笑った時に前歯が出るのが可愛い。

依存状態から抜け出せない様を示した"無限のトンネル"シーンが何度も登場するのだが、結局回収されずに終わるということは、これからも残り続けるということだろうか。全体的にこういうぼんやりとした感じになっているのは苦手だった。正直なところ、カンヌレーベルに選ばれるようなタイプの作品ではなく、やはり自国作品に甘すぎる気がする。失恋(?)して塞ぎ込んでいたときに、息子に呼ばれて登場する元夫がグレゴワール・コランだったのが個人的に嬉しかった。最近よく見かけるな(嬉しいよ)。

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・作品データ

原題:Passion simple
上映時間:99分
監督:Danielle Arbid
製作:2020年(ベルギー, フランス, レバノン)

・評価:40点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
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7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
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42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
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