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シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ

1948年、リトアニア。戦争は終わったが復興は一向に進まず、人々は暴虐なるソ連によって蹂躙されていた。田舎の村の地主の息子として暮らすウンテは、思春期に入って実家の仕事を適当にこなしながら辺りをフラフラしているおり、その中で自身の複雑な家庭環境を知ることになる。ほとんど顔も合わせず、長らく部屋に引きこもる老母は古い地主一族の娘で、未だに"母さん"と呼ばせずに"奥様"と呼ばせている。今の地主である老父は、そんな老母の元御者であり、下働きの男に土地を要求されて拒絶しながら、年の離れたメイドと関係を持ち、レジスタンスに裏の森を貸したり食料を援助するなどして協力しいてる。そして、彼ら二人はウンテの実の両親でもないため、家の中の空気は重苦しい。構成員全員が死の匂いを顔に貼り付けて、別々の方向を向いているのだが、それでも互いのことを思い合っているという不思議な空間になっている。ソ連の支配に対する希望の星にも見えるレジスタンスも、メンバーどうしの疑心暗鬼や裏切り行為によって精神をすり減らし、ソ連を打ち破るという大きな夢を掲げながら、やがてそれが確実に破れるだろうことを心のどこかで悟っており、野営地には絶望と死の匂いが立ち込めている。彼らを追い詰めるソ連側もまた、農民から金を搾り取るノルマに追われてギスギスしている。誰もが別々の方向を向きながらそれぞれの場所で緩くまとまってる情景や、彼らがゆっくり自身の信条を語る姿、ある一定以上の熱を感じないような冷たい画面なんかは、実にバルタスっぽい。バルタスっぽいというより100%バルタス。既視感が凄い。

後半になると、偽りの平和を保っていた世界が一気に崩壊へと進んでいく。そこまでの不穏だが穏やかな日常を踏みにじる"ソ連"という狂気に、人々は為す術もなく飲み込まれていくのだ。しかし、あまりにも冷めすぎた視線が切実な物語とマッチしているとも思えず、舞台を変えてセルフパロディを撮り続ける彼が、その系譜の作品を一つ加えたに過ぎないという印象しか受けない。『The House』以上のバルタスが見てみたい。

レジスタンスにいる少女が、どこかカテリーナ・ゴルベワに雰囲気が似ていて、前作『Frost』のヴァネッサ・パラディしかり、その前の『Peace to Us in Our Dreams』のIna Marija Bartaitė(彼女はバルタスとゴルベワの娘)しかり、ずっと引きずってる感じが分かって泣けてくる。

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・作品データ

原題:Sutemose
上映時間:128分
監督:Šarūnas Bartas / Sharnas Bartas
製作:2020年(チェコ, フランス, ラトビア, リトアニア, セルビア)

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
27. オーレル『ジュゼップ 戦場の画家』ジュゼップ・バルトリの生き様を見る
28. ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス
29. ベン・シャーロック『Limbo』自分自身を肯定すること
30. エマニュエル・ムレ『ラヴ・アフェアズ』下世話だが爽やかな恋愛版"サラゴサの写本"
31. スティーヴ・マックィーン『Lovers Rock』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『Mangrove』これは未来の子供たちのための戦いだ
33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
35. キャロリーヌ・ヴィニャル『セヴェンヌ山脈のアントワネット』不倫がバレたら逆ギレすればいいじゃない
36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
37. エリ・ワジュマン『パリ、夜の医者』サフディ兄弟的パリの一夜
38. ヨン・サンホ『新感線半島 ファイナル・ステージ』現金抱えて半島を出よ!
41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
43. オムニバス『七人楽隊』それでも香港は我らのものであり続ける
44. ノラ・マーティロスヤン『風が吹けば』草原が燃えても、アスファルトで止まるはずさ
45. ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う
46. シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取
47. Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…
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51. ウェイ・シュージュン『Striding Into the Wind』中国、ある不良学生の日常風景
52. フランソワ・オゾン『Summer of 85』85年の夏は全ての終わりであり、始まりであり
53. マグヌス・フォン・ホーン『スウェット』あるインフルエンサーの孤独
54. ルドヴィック&ゾラン・ブケルマ『テディ』溜め込みすぎた感情が目覚めるとき
55. 河瀨直美『朝が来る』太陽に手を伸ばしすぎでは…?
56. マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

本記事はマガジン「東欧映画」に掲載されています。こちらもよろしくお願い致します。


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