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マグヌス・フォン・ホーン『スウェット』あるインフルエンサーの孤独

エクササイズのカリスマ・インストラクターでインスタのフォロワーが60万人もいるシルヴィア。デパートの特設ステージで50人くらいの参加者とエクササイズをするイベントで、ポジティブな言葉を振りまいているが、どうやらその生活は孤独なようだ。という、"ネット上にフォロワーたくさんいても実際の人間関係のほうが大切です"系映画の最新作。彼女の生活はエクササイズが中心となっており、料理中も運転中も自身についての最新情報を配信し、休む暇もない。彼女は涙ながらに"誰か特別な人が傍にほしい"と言えば、"スポンサーの商品が気分を盛り下げているように映るからヤメて"と釘をさされ、フィットネスの世界へと導いた母親に助けを求めようにも、微妙な距離感があって全く味方してくれない。八方塞がりの中、彼女はストーカーに遭遇し、その孤独感を深めていく。

"遠くの親戚より近くの他人"ならぬ、"知らんフォロワーより近くの人間"というSNS時代の諺を創造したのは、去年釜山で『Fabulous』を観たときだった。同作はフォロワーを増やすことで記者として雇用されることを目指す過程で、偶然既存のインフルエンサーに寄生することとなってフォロワーを増やしていき、逆に既存のインフルエンサーはフェミニズムに目覚めたことでフォロワーを失っていくという人気者社会批評を行っていたが、コメディに振った同作の戯画的な描写は理解できても、内面を描かんとする本作品での戯画的で表層的なインフルエンサー描写はそうする必要性を全く理解が出来ない。人間関係までデジタル化され、矢継ぎ早にコンテンツを更新し続け、味方はいないし弱音も吐けない、というトップインフルエンサーの孤独感は分からんでもないが、フォロワー100人でリアルの友人0人の零細Youtuberでも同じことが言える上に、リアルとの比較対象となるSNSすら100人しかいないなら、そっちの方がより深刻で普遍的な感じがする。というかそもそもインフルエンサーであることにほとんど言及されないので、そういう設定にした意図が不明瞭でモヤモヤする。

知り合いの男を呼んでストーカーをボコボコにしてもらうという展開があるのだが、このときシルヴィアはストーカーにも知り合いにも性的な目線で見られていることが可視化される。"今すぐセックスがしたい"とドヤ顔で言ってくる知り合いに彼女が向けた嫌悪感はホンモノで、こういう視点はもっと深堀りすれば興味深くなると思った。しかしこのエピソードも掘り下げられることもなく、同じく孤独だったと語るストーカーに妙な親近感を抱いたシルヴィアによって消費されてしまうのが勿体ない。これ以外の描写もどれも薄すぎる。

予期せぬズビグニエフ・ザマホフスキにはドキドキしてしまったが、正直カンヌレーベルに選ばれたのが不思議でならない。"インフルエンサーも人間なんです"と結ぶにはあまりにも描写が薄っぺらくて安っぽすぎるし、論理構成も雑すぎる。フォロワーと実世界の味方の数の差を示したいなら、もう少しインフルエンサーであるとこを見せてもよかったんじゃないか。残念。

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・作品データ

原題:Sweat
上映時間:100分
監督:Magnus von Horn
製作:2020年(ポーランド, スウェーデン)

・評価:30点

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本記事はマガジン「東欧映画」に掲載されています。こちらもよろしくお願い致します。


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