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ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ『GAGARINE ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行

ユーリ・ガガーリンの名前を冠した"Cité Gagarine"は、1960年代に住宅開発プロジェクトの一つとして建てられた公営団地である。落成式に訪れたガガーリン本人が出席したらしく、本作品はその記録映像で幕を開ける。時は2019年、ボロボロになった団地で暮らす管理人の息子ユーリは、亡き父の遺した団地を守るべく昼夜問わず奔走している。本作品において、オンボロで画一的な団地は、まるでミレニアム・ファルコンのように宇宙を旅する魅力的な装置であり、宇宙そのものでもあり、ユーリ青年の全てが詰まった心の拠り所でもある。彼は宇宙を旅する相棒として、点かなくなった廊下の電灯や使えなくなったエレベーターを、文字通り私財を投げ売って自力で直そうとするが、そんな理想がいつまでも続くはずもなく、取り壊しが決定する。

壊れゆくオンボロ船の中で、追い詰められた青年は上記の示唆的な行動を具現化し始める。つまり、廃材をかき集めて地下室に宇宙船の居住モジュールを構築していくのだ。白人の悪ガキ、ロマの少女と黒人の主人公が仲良く遊んで回る疑似モジュールは確かに多くの意味で意味で理想的な空間であるが、あまりにも感傷的すぎて驚愕してしまった。そこに安っぽいロマンスと人物描写の希薄さも加わって、一つの時代が終わってしまったことを嘆くだけになっている。もう少し主人公の背景を詳しく描いていたら、団地が無くなってしまうことの悲しみを共有できただろうに。

先日鑑賞した『Night of the Kings』にもちょっとだけ登場したドニ・ラヴァンが、本作品にもちょっとだけ登場している。最近良く目撃するので嬉しい。

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・作品データ

原題:Gagarine
上映時間:95分
監督:Fanny Liatard, Jérémy Trouilh
製作:2020年(フランス)

・評価:60点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
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41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
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