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スティーヴ・マックィーン『スモール・アックス:ラヴァーズ・ロック』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ

スティーヴ・マックィーンによる、1960年代後半から80年代半ばまでのロンドンの西インド人コミュニティを舞台にした5つのオリジナル映画からなるアンソロジー・シリーズ"Small Axe"から、前作『Mangrove』と本作品はカンヌ国際映画祭2020の公式選出作品、通称"カンヌ・レーベル"に選出されている。シリーズの中では唯一実在の人物が登場しないフィクションであり、基本的には物語性も薄く、ハウスパーティに集まった人々のある一夜を描いている。映画は彼らが午前中から準備を始めるシーンで幕を開ける。男性陣は家具を運び出して、スピーカーやターンテーブルを運び入れ、女性陣はおつまみの調理などをして夜の準備を進めている。彼らの家の外側の世界は彼らを冷ややかに眺めていることは、準備中に交錯する彼らと白人の目線からも明らかなのだが、白人たちのナイトクラブで歓迎されない黒人たちにとっては、少額の入場料を払って、ビールやつまみを購入し、リビングで踊り狂う空間は、ある種の"聖域"のような場所なのである。後半になって登場する、音楽もなしに"マーキュリー・サウンド!"と歌い踊る姿は、ターンテーブルを演説台に見立てた『Mangrove』そのもので、彼らが同胞とともに帰属意識を強く感じられる数少ない場所に違いないからだ。人種的な対決が直接的に描かれていた前作『Mangrove』に比べると、本作品では直接的な描写こそないが、リビングで同じような怒りやモヤモヤを溜めた人々とともに"ラスタファリ!"と叫ぶ姿は、直接的な描写よりも雄弁に思える。

一応、薄いだけで物語的なものは存在している。それは、友人同士のパティとマーサがパーティにやってきて、それぞれ別の男と踊るが、パティが先に帰ってしまい、残されたマーサが様々な出来事を目撃するというもの。それこそナイトクラブ(まぁ行ったことないんで主に映画で目撃したものになるが)にありがちなことが起こるだけなのだが、庭を含めた家の中と外の対比が強烈に意識されているのは特徴的だ。公衆電話を破壊してパーティに乱入しようとしたマーサの従兄弟は、本来ならば追い返されるはずの態度だが、騒ぎを拡大させないためにもと結局招き入れる羽目になるのだ。時折差し込まれる白人の介入が瞬間的な恐怖として襲いかかってくる様には背筋が寒くなる。

こんなにも"何も起こらない"ことが意識される作品も他にないだろう。しかし、同時に映画内で"起こったこと"の尊さも噛みしめることになる。それらの共存こそが、本作品を唯一無二な存在にしているのかもしれない。シリーズ唯一の"休息と気晴らし"(元ネタはルーゴン・マッカール叢書)の輝くような甘美さは非常に優れていると言えるだろう。

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・作品データ

原題:Lovers Rock
上映時間:70分
監督:Steve McQueen
製作:2020年(アメリカ)

・評価:70点

・"Small Axe"シリーズ

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・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
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8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
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16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
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30. エマニュエル・ムレ『ラヴ・アフェアズ』下世話だが爽やかな恋愛版"サラゴサの写本"
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33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
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37. エリ・ワジュマン『パリ、夜の医者』サフディ兄弟的パリの一夜
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41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
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