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フェルナンド・トルエバ『あなたと過ごした日に』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ

コロンビアの疫学者で大学教授、そして自由の信奉者だったエクトル・アバド・ゴメスの後半生を、息子の視点で描いた同名小説(息子著)の映画化作品。物語は息子青年時代の1983年から幕を開け、大学教授職を解雇される最後の式典に呼ばれたところから、過去(1971年)を回想し未来(1987年)へと進んでいく。徹底的に子供目線で語られることから、実際の父親の業績や学生たちや他の大人たちとの関わり合いよりも、家族の物語が中心にある。それでも、唯一の息子という点で姉たちの会話の輪に入れない彼が父親に付いて職場を見学したり、父親と音声テープのやり取りをしたり、と自然に彼の業績に触れることでその片鱗を明かす演出はとても上手い。仕事をしながら息子に公衆衛生(汚水問題から手洗いや消毒に至るまで)の重要性を優しく説く姿は、公衆衛生について子供レベルの知識しかもたないコロンビア国民との重ね合わせでもある。彼が困難な時代にあっても人民から慕われ続けた理由が、家族の目線で間接的に語られているのだ。

舞台となるメデジンはパブロ・エスコバル率いる麻薬カルテルの本拠地があり、描かれている時代は国としても街としても安定していた時代ではないのだが、そういった家より広い世界の話は1987年になるまでほとんど触れられず(それまで父が政治にあまり手を出さなかったから)、あくまで家族ドラマに徹する感じは『輝ける青春』に近い。ということで、全体的に家族がわちゃわちゃしてる微笑ましい映画ではあったのだが、娘の"父さんは誰からも愛されてないかもしれない"という言葉が象徴する通り、彼の偉業に全く触れられないのは少々勿体ない気がする。せめてエンドロールで言及してあげても…それじゃクサすぎるか。映画内で言及していたポリオワクチンを息子で試した結果くらいは触れても良かったんじゃないかとは思うが。

交通事故を起こして轢いた老婆が死にかけるのだが、最終的に父親というジョーカーを切って、老婆の息子に職業を斡旋するなどしたら老婆に感謝されました、という挿話いるか?

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・作品データ

原題:El olvido que seremos
上映時間:136分
監督:Fernando Trueba
製作:2020年(コロンビア)

・評価:60点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
27. オーレル『ジュゼップ 戦場の画家』ジュゼップ・バルトリの生き様を見る
28. ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス
29. ベン・シャーロック『Limbo』自分自身を肯定すること
30. エマニュエル・ムレ『ラヴ・アフェアズ』下世話だが爽やかな恋愛版"サラゴサの写本"
31. スティーヴ・マックィーン『Lovers Rock』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『Mangrove』これは未来の子供たちのための戦いだ
33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
35. キャロリーヌ・ヴィニャル『セヴェンヌ山脈のアントワネット』不倫がバレたら逆ギレすればいいじゃない
36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
37. エリ・ワジュマン『パリ、夜の医者』サフディ兄弟的パリの一夜
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41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
43. オムニバス『七人楽隊』それでも香港は我らのものであり続ける
44. ノラ・マーティロスヤン『風が吹けば』草原が燃えても、アスファルトで止まるはずさ
45. ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う
46. シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取
47. Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…
48. ピート・ドクター『ソウルフル・ワールド』無数の無邪気な笑顔に包まれる恐怖
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51. ウェイ・シュージュン『Striding Into the Wind』中国、ある不良学生の日常風景
52. フランソワ・オゾン『Summer of 85』85年の夏は全ての終わりであり、始まりであり
53. マグヌス・フォン・ホーン『スウェット』あるインフルエンサーの孤独
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55. 河瀨直美『朝が来る』太陽に手を伸ばしすぎでは…?
56. マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

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